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ポスト・トランプは誰だ? 渡辺靖

日本屈指のアメリカ研究者が占う民主党、共和党の次世代リーダー/文・渡辺靖(慶応義塾大学教授)

「もっと若くて良い候補は?」

さる11月8日、今後の米国の行く末を左右する中間選挙が行われた。内では記録的なインフレ、外ではロシアのウクライナ侵攻と国内外で課題が山積し、膠着感も漂っているが、主役は相も変わらず高齢の二人。ジョー・バイデン大統領は79歳。ドナルド・トランプ前大統領は76歳。仮に2024年の大統領選で両氏が再び対決した場合、29年1月の任期満了時にはバイデン氏が86歳、トランプ氏が82歳。ともに歴代最高齢だったロナルド・レーガン元大統領の退任時の年齢(77歳)を上回る。すでにバイデン氏は弱々しさが目立ち、トランプ氏は機密文書所持で連邦捜査局(FBI)に家宅捜索される始末。

「ほかにもっと若くて良い候補はいないのか?」と、私自身、さまざまな方から質問される。

そこで米国の次世代を担う政治家たちを紹介していきたいのだが、米国では出世ルートが一つではない。日本の場合は当選回数や派閥の力学がものを言うが、米国ではまったく関係ない。バラク・オバマ元大統領の場合、下院議員選挙に敗れた4年後の民主党全国大会(04年)で行った演説が脚光を浴び、同年秋には上院議員に当選。08年には民主党のヒラリー・クリントン、さらには共和党のジョン・マケインという2人の大物上院議員を次々と破り、47歳の若さで大統領の座を射止めた。

トランプ氏の場合、16年の大統領当選時は70歳だったが、それまで政治はもとより軍を含め公職経験は皆無。しかも共和党に復党したのは12年で、その3年前までは民主党員だった。

そもそも立候補にあたって党の公認は必要ない。党内の候補者選び(予備選)を勝ち抜いた段階で初めて公認候補に指名される仕組みだ。要するに、極めて緩いシステムで、それゆえ、ふとした契機で無名の人物がスターダムを一気に駆け上がることが起こり得る。

共和党の有力候補は?

それでは現時点で次世代リーダーと目されているのは誰か?

まず、保守政党である共和党。「トランプ後」の最有力候補として衆目を集めるのがフロリダ州知事のロン・デサンティス氏(44)だ。イェール大学とハーバード大学法科大学院を出た生粋のエリートだが、敵対するリベラル派を「エリート」呼ばわりして批判することで、労働者の支持獲得に成功している。

ロン・デサンティス知事(共和党) ©時事通信社

今年4月にはウォルト・ディズニー社のテーマパーク「ディズニー・ワールド」が同州で享受してきた税制上の優遇措置などを廃止する法案に署名した。学校教育でLGBTQ(性的少数者)に関する話題を取り上げることを禁ずる州の新法に反発し、同社が政治献金の打ち切りを表明したことへの報復だ。

さらに9月にはベネズエラからの不法移民48人をチャーター機でマサチューセッツ州マーサズ・ヴィンヤード島に送り込む荒技に打って出た。同島はケネディ家やオバマ夫妻が別荘を構える米東海岸屈指のリゾート地。デサンティス氏の行動は、いわば不法移民に寛容な「リベラル」への嫌がらせと言える。

フロリダ州は大統領選の行方を左右する大票田の接戦州。「トランプ以上にトランプ的」「洗練されたトランプ」などと称されるデサンティス氏は今秋の知事選での勝利が確実視されており、さらに勢いを増すことが予想される。今年上半期の献金額はトランプ氏を上回った。「トランプ後」どころか、24年の大統領選では「対トランプ」の本命になる可能性すらある。

そうなると面白くないのは同じフロリダ州が地元のトランプ氏だ。デサンティス氏の前回(18年)の知事選では同氏への支援を惜しまなかったが、今回は支持表明すら行わなかった。夏以降、両氏は没交渉という。

もっとも、デサンティス氏はまだまだ焦る年齢ではない。「トランプ信者」の反感を買うのは何としても避けたいところだろう。

210人の「ミニ・トランプ」

「トランプ後」を狙う政治家にとって、もっとも悩ましいのはトランプ氏との距離の取り方だ。今年8月のFBIによるトランプ邸家宅捜索の直後、共和党支持者の71パーセントが「トランプ氏は24年の大統領選に立候補すべき」とし、58パーセントが党内の予備選で「トランプ氏に投票する」と答えている。いずれも過去最高の数字だ。

トランプ氏の資質や言動に反発を覚えるとしても、それを公言するのは並の政治家にとってあまりにリスクが高い。若手にとっては致命傷になりかねない。逆に、トランプ氏は根強い人気を梃子に今秋の中間選挙で「ミニ・トランプ」の候補者を次々と推薦。上下両院選と知事選でその数は222人に及び、うち210人が共和党候補の座を勝ち取った。まさにキングメーカーであり、共和党が「トランプ党」になったと言われる所以でもある。

キューバ系のテッド・クルーズ上院議員(51、テキサス州)は16年の大統領選ではトランプ氏と党内の候補者指名を争った。トランプ批判を重ね、トランプ氏から「嘘つきテッド」のレッテルを貼られたほどだが、今ではすっかり従順になった。かねてより政治的な変わり身の早さが毛嫌いされており、昨今の動きも「トランプ後」を見据えた、トランプ支持者の歓心を買うためのパフォーマンスと勘繰る向きが多い。

クルーズ氏がプリンストン大学とハーバード大学法科大学院を出たエリートなのに対して、同じく「トランプ後」を窺うジョシュ・ホーリー上院議員(42、ミズーリ州)もスタンフォード大学とイェール大学法科大学院の出身。ミズーリ州司法長官を経て、39歳の若さで上院議員に選出されたエリート中のエリートだ。しかし、「リベラルなエリート連中が巨大IT企業やメディアを支配し、自虐史観を広め、米国をキャンセル(否定)しようとしている」と主張。「労働者に寄り添う愛国主義者」として自らをアピールしている。打算的な「似非ポピュリスト」との批判も強いが、本人は全く意に介していない。他の「ミニ・トランプ」同様、トランプ氏が敗れた20年の大統領選が「不正」だったと譲らないが、ごく基本的な事実すら共有できないのが分断を深める今の米国だ。

ホーリー氏よりさらに若い政治家で私が注目しているのはエリス・ステファニク下院議員(38、ニューヨーク州)だろうか。下院共和党のナンバー3の職を解任された反トランプ派のリズ・チェイニー議員(父親はディック・チェイニー元副大統領)の後任に抜擢された女性だ。ハーバード大学を卒業後、ジョージ・ブッシュ(子)政権下のホワイトハウス勤務などを経て、14年の中間選挙で女性として当時史上最年少の30歳で下院議員に当選。元々は主流派だったが、次第にトランプ氏の主義主張に共鳴。チェイニー氏の後釜としてトランプ氏から強い推薦を得た。ニューヨーク州はリベラルの牙城のため、上院議員や知事、ニューヨーク市長などへの転出は難しいかもしれない。しかし、下院議員や閣僚として一段と存在感を増す可能性は十分ある。

本来ならトランプ政権で副大統領を務めたマイク・ペンス氏(63)は「トランプ後」のリーダーの筆頭格のはずだが、現状は厳しい。20年の大統領選の結果の議会承認を上院議長(副大統領が兼務)として拒んで欲しいというトランプ氏の要望を断ったからだ。これはそもそも無茶な依頼で、上院議長にそうした権限はない。しかし、トランプ氏は立腹。議事堂襲撃事件の際、狂信的なトランプ信者の一部は「ペンスを首吊りにしろ」と探し回ったほどだ。

トランプに睨まれた面々

元々、ペンス氏は党内主流派の政治家で、インディアナ州知事に転じる前は下院共和党のナンバー3の地位にあった。自分の妻以外の女性と二人きりで会食をしないほど厳格なクリスチャンでもあり、宗教保守派から絶大な信頼を得ている。トランプ氏に眉を顰める共和党員を安心させるうえでペンス氏の存在は極めて大きかった。そして、ペンス氏はトランプ氏をひたすら擁護し続けた。その姿はときに痛々しく思えるほどだった。しかし、任期最後の最後にトランプ氏の怒りを買う羽目になってしまった。

この点はトランプ政権で国連大使を務めたニッキー・ヘイリー氏(50)も同じだ。インドのパンジャーブ系の女性で、サウスカロライナ州選出の下院議員、同州知事などを歴任。20代半ばにクリスチャンに改宗する前はシーク教徒だった。白人・中高年・男性が目立つ共和党では異色の存在だが、多様性を「売り」にする民主党への有力な対抗馬になり得る有望株だ。ただし、議事堂襲撃事件後、彼女はトランプ氏の対応に批判的なコメントをしてしまう。すぐにトランプ氏に釈明すべく面会を求めるも拒否された。本人は24年の大統領選でトランプ氏の副大統領候補となり、28年の大統領選に立候補という筋書きを描いていたかもしれない。しかし、トランプ氏は「外見上の問題」があると侮辱し、ヘイリー氏を副大統領候補に指名する可能性を否定している。

もっとも、ペンス氏やヘイリー氏の将来が完全に閉ざされたわけではない。今秋の中間選挙で「ミニ・トランプ」候補が苦戦した場合、あるいは今後、トランプ氏が刑事訴追され窮地に追いやられた場合、2人が一気に求心力を増す可能性は否定できない。その時は共和党内で「一時の熱にうかされたのがトランプ時代だった」と総括されていることだろう。

アメリカンドリームを体現

ところで、こう俯瞰してみると、思いのほか、女性やマイノリティにも次世代リーダーの門戸が開かれていることに気付く。トランプ氏が24年の大統領候補になった場合の副大統領候補として名前が挙がるところでは、ティム・スコット上院議員(57、サウスカロライナ州)やサウスダコタ州のクリスティ・ノーム知事(50)などもそうだ。スコット氏は19世紀末以降初の南部出身の黒人上院議員で、現在、唯一の黒人の共和党上院議員。貧困家庭に育った、まさに「アメリカンドリーム」の体現者でもある。トランプ氏の人種差別的な言動にしばしば苦言を呈するも、不思議と両氏の関係は悪くない。トランプ氏が再選をかけた20年の共和党全国大会では基調演説を任せられ、翌年にはバイデン大統領の施政方針演説に対し、共和党を代表して反論演説を行った。

クリスティ・ノーム知事(共和党) ©時事通信社

ノーム氏はサウスダコタ州初の女性知事。新型コロナウイルスの感染拡大時にもマスク着用の義務化を拒み、たとえレイプによる妊娠であっても中絶を認めない保守強硬派だ。20年の大統領選の結果についても疑義を表明し、FBIのトランプ邸家宅捜索も痛烈に批判。トランプ氏は今秋の知事選で彼女の再選支持を早々と打ち出したばかりか、上院選への鞍替えも勧めたほどだ。

また、今回、アリゾナ州の知事選に立候補したキャリー・レイク氏(53)も目が離せない。地元テレビのキャスターを22年間務めたが、20年の大統領選の結果に公然と疑問を呈し、辞職。「女性トランプ」として躍進中だ。大学まで過ごしたアイオワは全米が注目する大統領選の予備選の緒戦地。そしてアリゾナは接戦州。選挙対策上の利点を多く有しており、トランプ氏が副大統領候補に抜擢しても不思議ではない。民主党は警戒モードを強めている。

他にも、トランプ政権を支え、ペンス氏同様、対中強硬派として知られるマイク・ポンペオ元国務長官(58)も有望視される。ただ、19世紀半ばの南北戦争以降、国務長官から大統領になった者は誰もいない。近年ではヒラリー・クリントン氏やジョン・ケリー氏も失敗している。「外交官=華やかなエリート」というイメージが強いのと、「国益を損ねた」と揚げ足を取られやすいことなどが要因として考えられる。この点、外交経験があるとプラスの安心材料にはなる日本とは異なる。

失速したハリス副大統領

それでは革新政党である民主党の次世代リーダーは誰か?

常識的に考えればカマラ・ハリス副大統領(58)が順当そうだが、現状は厳しい。近年のチェイニー、バイデン、ペンスの各副大統領は党内に太いパイプを持ち、ワシントン政治を熟知していた。内政や外交の経験が乏しかった新大統領にとってはまさに右腕の存在だった。しかし、そのベテラン政治家のバイデン氏が大統領になった今、ハリス氏の存在感はどうしても霞んでしまう。元々、黒人・アジア系・女性であること、バイデン氏より20歳ほど若いことなど、選挙対策上の人選だった面も否めない。多様性を重視する民主党にとって、正・副大統領がどちらも「白人・男性」というのはもはやタブーに等しい。

ハリス氏にとっても、全米最大の人口・経済規模(GDPでは英国を抜いて世界第5位)を有するカリフォルニア州選出の上院議員を務め、かつ副大統領として外交経験などを積めば、「バイデン後」の筆頭候補になるのはほぼ確実のはずだった。しかし、包括的な中国批判の演説を行ったペンス氏のようなインパクトはまるで残せていない。中米からの不法移民対策の責任者に抜擢されたものの、初外遊で訪れたグアテマラでは「米国境に来ないで」と呼びかけ、民主党内から「冷たすぎる」と不評を買ってしまった。最側近の首席報道官をはじめスタッフの退任も相次いでいる。各種世論調査による「好感度」の平均値はバイデン氏の44.3パーセント、トランプ氏の42.6パーセントより低い38.8パーセントに留まっている(10月21日現在)。

もっとも、第2次世界大戦以降、再選を目指す大統領が副大統領を代えたことは一度もない。交代そのものが「人選ミス」や政権内の「不協和音」を印象付けることになるからだ。バイデン氏がマイノリティ・女性であるハリス氏を降ろすとなれば党内から「差別」と批判されかねない。

加えて、米政治は筋書きのないドラマの連続だ。例えば、政権2期目で高齢のバイデン氏の代行を務める機会が増えれば、有権者も「ハリス大統領」をイメージしやすくなるかもしれない。

同じカリフォルニア州出身という点ではギャビン・ニューサム知事(55)を推す声も強い。同州知事、ニューヨーク州知事、ニューヨーク市長、シカゴ市長は歴史的に民主党内で独特の存在感を放っている。ちなみにラーム・エマニュエル駐日大使も前職はシカゴ市長である。

「オバマの再来」が続々と登場

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