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飯間浩明 【す】「好きなことば」が辞書編纂者にはあるか 日本語探偵

国語辞典編纂者の飯間浩明さんが“日本語のフシギ”を解き明かしていくコラムです

 最近、何度かテレビ番組に呼ばれて話をしました。そのひとつの収録時に、司会の人から「あなたの好きなことばは何ですか」と質問されました。「紙に書いてください」と言うのです。

 他の出演者は「儚(はかな)い」「死ぬ気(で頑張る)」「おもしろい」などを挙げました。私はというと、困ったあげく、苦しまぎれに「ぜんぶ」と書きました。「すべてのことば」という意味です。

 すぐに司会者から「反則ですよ」とダメ出しがありました。好きな人を尋ねられて、どの人にも長所があると答えるのと同じ建前論だというのです。「本当に好きなことばを答えてください」

 さあ、今度こそ切羽詰まった。窮余の一策で「あ」と書いてみました。「何ですそれ?」「感動詞の『あ』です。『あ』はさまざまな驚きや感動を伝える。喜びの『あ』、悲しみの『あ』。すべての元となることばではないでしょうか」

「ああ……」と、司会者はうめきました。オチにはならなかったようです。結局、この部分はカットされました。

 国語辞典を作る私にとって、「好きなことばは何か」という質問は本当に困ります。建前論でなく、心底から「どのことばも素晴らしい」と思うからです。

 たとえば、私は先ほどまで「斧鉞(ふえつ)」「器官」「オンライン」など、複数のことばについて辞書の説明に手を入れていました。資料を調べていると、それぞれに輝かしい歴史や意味があり、素晴らしいと感じます。でも、明日にはまた別のことばを素晴らしいと感じるでしょう。

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