あさのあつこ 母について オヤジとおふくろ
母について語れと促されるたびに、いつも戸惑いと躊躇いと後悔とが綯い交ぜになったような、それでいて、ちょっと懐かしいようなヘンテコな気分になる。
母は、もう……あれ、何年前だったっけ? ともかく数年前に亡くなっている。亡くなった月は覚えている。五月だ。あの年は、四月に義母を見送っており、桜の頃から青葉の季節が過ぎるまで葬儀だ、初七日だ、満中陰の法要だとドタバタしていたのも覚えている。
母は八十……あれ何歳だったっけ? 親の享年は覚えていない。ともかく、日本女性の平均寿命を少し超えていたのではなかろうか。そのわりに骨は立派だった。
骨上げの時、見事と形容して差し支えない大腿骨にわたしは息を呑んだ。
これが、わたしの骨よ。と母が誇っているような白くて太くてしっかりしたものだったのだ。
母はそういう生き方をしてきた。
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