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廣瀬陽子×有働由美子 「研究者こそバラエティに出るべき」 有働由美子のマイフェアパーソン48

news zeroメインキャスターの有働さんが“時代を作った人たち”の本音に迫る対談企画「有働由美子のマイフェアパーソン」。今回のゲストは、慶應大学教授の廣瀬陽子さんです。

廣瀬陽子氏 慶應義塾大学HPより

ズバッと斬る解説

 有働 廣瀬先生にはロシアのウクライナ侵攻以降、「news zero」によくご出演いただいています。ソフトで上品な語り口なのに、専門家の視点からロシアやプーチン大統領のことをズバッと斬る解説に、すごい! と、感動しています。

 廣瀬 ありがとうございます。

 有働 侵攻が始まってから、生活が一変したのではないですか。

 廣瀬 忙しさが全然違いますね。最近は2時間以上まともに寝た日がありません。昼寝はしますが(笑)。

 有働 えっ、2時間ですか!?

 廣瀬 すっかり体内リズムが固定化して、今日はもっと寝ようと思っても2時間で目が覚めるんです。

 有働 プーチン大統領のせいだ。

 廣瀬 まさにプーチンのせいだと思っています(笑)。

 有働 体調は大丈夫ですか?

 廣瀬 国内外あちこち駆け回っていますが、おかげさまで元気です。

 有働 今最も忙しい大学教授じゃないかと思いますが、日々のスケジュールはどんな感じですか?

 廣瀬 大学(慶應義塾大学)の学期中は授業や会議などの校務がメインで、週3回は出勤しています。それ以外の日もオンラインの会議はたくさんあります。湘南藤沢キャンパスのメディアセンター(図書館)の所長や、慶應義塾大学グローバルリサーチインスティテュートという研究所の副所長もやっているので。

 有働 1人でそんなに兼任しておられるとは。休みはありますか。

 廣瀬 自分で作らないとないんですよね。教員と言うと「土日も夏休みもたくさん休めそう」というイメージをよく持たれるんですけど、週末の学会や研究会もすごく多いし、大学関係でも入試の仕事が入るし、秋は1日も休みが取れないですね。

 有働 研究を続けながら子育てをされてきたんですね。

 廣瀬 中学1年生の息子がいます。お弁当を持たせるために毎朝6時には起きて作っています。

 有働 睡眠2時間の過密スケジュールでもお弁当を作るんですか。

 廣瀬 必ず作っています。夕飯を一緒に食べられない日が多いので、朝ごはんを一緒に食べるのと昼のお弁当は絶対と思って作りますね。

 有働 偉すぎる。そんな優しいお母様に対して、息子さんの反応は。

 廣瀬 ワルというか、目下、反抗期ですね。ほとんど口を利かず、「うん」「普通」という返事ばかり。

 有働 先生から生まれてワルというのはちょっと結びつかないなぁ。けど思春期の男子としては健全なのでしょうね。もっと小さい頃は「お母さん、寂しいから一緒にいて」みたいなことはありませんでしたか。

 廣瀬 それがなかったんです。理由は二つあって、一つはiPadに育ててもらったので(笑)。

 有働 文明の利器に(笑)。

息子が学会に“登壇”

 廣瀬 あとは、大学や仕事に連れて行く日も結構多かったんです。授業の間は研究室で「絵でも描いてて」とか、学生のアルバイトを頼んで見てもらうとか。休み時間も他の学生が遊んでくれる良い雰囲気がありましたね。

 有働 職場を見ながら育っていけたんですね。

 廣瀬 学会にも連れて行って、一番後ろの席に座らせてiPadを渡して「静かにしててね」ということもありました。一度途中で電池が切れたみたいで、ほふく前進で登壇者席まで出てきちゃったことがあって。皆の爆笑を買いました。

 有働 かわいい〜。日本ですか?

 廣瀬 はい。国際学会だったので7割くらい外国の方で笑ってくださったので救われました。最近は託児所を設ける学会も出てきましたね。

 有働 研究者としては、子育てで自分の時間をやりくりする良し悪しをどう感じますか。

 廣瀬 男性だと、子育てはもとより家事も奥様任せで研究や仕事に全身全霊を傾けられる方もおり、羨ましいなとは思います。でも、私にとっては、家事や子育てをする時間が強制的な気分転換かもしれない。限られた時間で効率的に研究することで、いろんな人生経験ができて充実していると思うことにしました。

 有働 なるほど、人間ができておられる。先生の幼少期を伺うと、小学生の頃から勉強はできましたか。

 廣瀬 小学生の時は全然勉強しなくてもできたかもしれない。

 有働 親御さんの教え方が上手だったとか?

 廣瀬 うちは両親が離婚して、母と母方の祖父母と暮らしていたんですけど、完全放任でしたね。母はインダストリアルデザイナーで私以上のワーキングマザーだったんです。

 有働 女性のインダストリアルデザイナー! どんなお仕事をされていたのですか。

 廣瀬 最初は日産で車のカラーデザインに携わり、デザイン事務所勤務を経て、中小企業診断士の資格を取り、独立して企業のコーポレートデザインなどをしていました。バブル崩壊後は、日本工業大学で広報室長として定年まで勤め上げました。

 有働 時代の先端を行くようなワーキングマザーですね。娘の目にお母様はどう映っていたのですか。

 廣瀬 毎晩午前様のような感じであまり家にいなかったので、寂しかったんですけど、職場へ連れて行ってくれる機会があって、私のために頑張ってくれている姿を見て納得できました。それもあって私も息子に仕事をする姿を見せていたというのはあります。

母が東大受験に反対

 有働 渋谷区内の公立小学校から中学受験をしたというのはお母様の意向ですか。

 廣瀬 いえ、母からは勉強しろと言われたことは一度もないし、中学受験の最大のきっかけは小学校でのいじめでした。親が離婚するケースも当時は少なかったし、クラスでいじめられている子をかばったら「いい子ぶってんじゃねえよ」と。ショックだったのは、かばってあげた子までいじめる側に回ったこと。人間不信というか「もうこの学校の子とはやっていけないな」と思っちゃったんですよね。

 有働 私も中学時代、いじめられている背の小さな男子をかばったら代わりにほうきで殴られました。しかも、いじめられている子が一緒に戦ってくれると思ったら、私が餌食になっている間に逃げていって。中学生のときに受けた傷はなかなか消えないものです。廣瀬先生はいじめを受験の原動力にして立ち直っているからすばらしいですよ。

 廣瀬 自分が将来偉くなって、いじめた子たちに「あの人、あんなふうになったの? 悔しい!」と思わせることが復讐だと頑張ったところもあるんです。

 有働 すごい、いじめた人たちに「見ろよ、今のロシア問題で廣瀬先生が日本を代表する解説者だぞ」って私が言いたくなる。そこから中高は私立の桐朋女子に進んだと。大学で慶應を選んだのはなぜですか。

 廣瀬 高2の頃は東大文Ⅰを考えていて、模試でもA判定が出ていました。それを母に伝えたら「東大に行って何するの?」「偏差値で大学を選ぶより自分がやりたいことで選んだ方がいい」と言われて。

ゴルバチョフのオーラと香り

 有働 子どもが東大に受かりそうなら99%の親御さんが勧めそうな場面ですけど、お母様は学歴よりやりたいことを考えるのが先決だと。

 廣瀬 そう言われて一番気になったのが、ペレストロイカや東欧革命だったんです。なぜ1度に色んな国で同じような現象が起きるのか。それを調べるには国際政治学と社会学と近代化論と社会変動論を学ぶ必要がありそうだから、1990年に新設されたばかりの慶應の総合政策学部しかないと思ったんです。

 有働 なるほど! じゃあその関心のままに、大学に入学して東欧やロシアの研究を……。

 廣瀬 実は、そうはならなかったんです。

 有働 えっ!?

 廣瀬 大学入学翌日、「ゴルバチョフ、日本の学生と語る」というポスターを見つけて、参加したい人は論文を書きましょうと。締切がその翌日だったので一晩で頑張って出したら、採用されて、ゴルバチョフに会うことができたんです。「なんてかっこいいの!」とものすごい感銘を受けました。

 有働 ああ、来日した時は堂々としていてかっこよかったですよね。

 廣瀬 オーラがすごすぎてビビビビッという感じで、フローラル系の上品な香りがして。4時頃に握手して、7時頃まで香っていました。

 有働 それって、GACKTさんが握手した相手に印象を残すために香水を塗っているという技を思い出すな。ゴルバチョフさんもやっていらっしゃったんですかね(笑)。

 廣瀬 たぶん(笑)。ただ、ミーハーに喜んでいたら、なんと8か月後にソ連が解体してしまった。もう呆然としましたね。それで大学時代はアジア圏の研究をしてしまったのですが、ロシア語の授業も取ったりとちょっとアンビバレントでした。

 有働 たとえが悪いかもしれませんけど、憧れていたアイドルが突然結婚して、もうグループを応援するのも嫌だから1回他のグループに鞍替えしたけど、忘れられなくて会員証は持っている、みたいな。

 廣瀬 まさにそんな感じです。国際公務員になりたいと思っていたら、大学の複数の先生から「あなたは研究者に向いているからなりなさい」と強く勧められて。迷いながらも東京大学大学院法学政治学研究科の研究者養成コース(当時)という博士課程進学前提の少人数しか取らないコースを受験したら合格したので、研究者になる覚悟を決めました。

学会で叩かれても

 有働 なぜ先生方は廣瀬先生が研究者向きだと思ったのでしょうね。

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