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菊田一夫 先生の言葉を信じて

戦後演劇界の第一人者で、東宝演劇の一時代をつくった劇作家・菊田一夫(1908〜1973)。彼が生涯を通じて精魂を傾けたのが、ミュージカルの振興だった。菊田にミュージカル俳優としての才能を見出された歌舞伎役者の松本白鸚氏が思い出を語る。

菊田一夫 ©文藝春秋

 18歳の時、私は父である初代白鸚と弟の二代目中村吉右衛門と一緒に、所属していた松竹から東宝に移籍しました。歌舞伎と現代劇の垣根は今以上に高く、まさに前代未聞の出来事でした。私と弟は父に言われての移籍ですが、その父を口説き誘い入れたのが、東宝の重役にして劇作家として絶大な人気を誇っていた菊田先生です。先生は、我々と一緒に新しい演劇を確立したいという想いをお持ちでした。一方、父は新しくできる東宝の帝国劇場を拠点に、旗を上げたい想いがあった。

松本白鸚 三浦憲治撮影

 移籍発表の際、先生は「染五郎くん(当時の私)には歌舞伎と外国語劇、そしてミュージカルをやってもらいたい」とスピーチしました。その言葉通り、先生が手掛ける様々な舞台に立つ機会をいただきましたが、まだ日本で馴染みのなかったミュージカルに対する先生の情熱は格別でした。多忙を極める中わざわざ渡米し、ブロードウェイの舞台を見学するほどの力の入れ様です。そして「マイ・フェア・レディ」(1963年)の翻訳上演で日本のミュージカルの幕を開けたのです。

 その2年後、タイの国王とその子供たちの教育係の愛を描いた名作「王様と私」を先生が演出し、主演を務めることになりました。私にとって初のミュージカル作品です。制作発表会見では、22歳の私が王様役を演じることに、「早すぎるのでは」と質問が出ましたが、先生は少しの沈黙の後、「王様役は年齢不詳です」と。この時、私はミュージカルに賭ける覚悟を決めました。

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