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新書時評「『食料安全保障』の行方」武田徹

評論家・専修大学教授の武田徹さんが、オススメの新書3冊を紹介します。

「食料安全保障」の行方

ロシアによるウクライナ侵攻の結果、“世界の穀倉地帯”ウクライナの農作物輸出が滞り、ロシア産窒素肥料の入手も世界的に困難になる影響が出ている。

そんな状況の中で、日本でも食料安全保障を見直すべきだとの声が高まる。しかし、慌てて現状を無視し、進むべき方向を見誤った拙速な対応をとればむしろ将来に禍根を残すだろう。

小川真如『日本のコメ問題』(中公新書)によればコメを作る田んぼの面積は現在240万ヘクタール。その中でご飯用のコメを作る田んぼは更に狭くて137万ヘクタール。国土全体の僅か3.6%であり、日本全体を郵便はがきに見立てると切手部分でしかないが、それでも今の日本ではコメが余っている。食料安全保障を意識する一方で人口減少や食生活の変化でコメが余り、田んぼが余り、農地が余ってゆく問題についても真剣に検討しておくべきだという著者の指摘に耳を傾けたい。

久松達央『農家はもっと減っていい』(光文社新書)は食料自給率の低さを憂う人の神経を逆撫でしそうな題名だが、読んでみれば農業と向き合う姿勢の真摯さが印象的だ。著者は「つくったものをただ農協に持っていくだけ」の農業を「参加するゲームとそのルールを他者に白紙委任している」と批判し、「自分はどんな価値をつくって誰に届けるべきなのか」を農業に携わる者が個々に自覚すべきだと考えている。確かにグローバルな農業との価格競争にさらされる中で、コメを含めて食べてもらえる価値ある農作物を作る「小さくて強い」農家が自律分散的に存在する、そんな体制こそが日本の農業を持続的なものとし、巡り巡って食料安全保障の要請にも応えるのではないか。

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