ショートショート 『月が綺麗ですね』
ドン、と花火の打ち上がる音の合間に、草むらの鈴虫がリリリ、とすだく。徹は空から目を落として、着なれぬ浴衣と合わせた草履を見つめた。どこからか蚊取りの匂いがぷんと匂う。
「刺されました?」
徹の横に座る女が訊く。徹はいいえ、と首を振ってまた遠くの空の花火に目を戻す。その徹の視線の先を見るように、女もついと細い頸を動かした。
この女——湯田幸子は、徹の何回目かの見合い相手で、釣書によると年は三十七であった。もう女としては盛りを過ぎようという年ではあるが、ほかならぬ徹も