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#みんなの文藝春秋

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「私は頼まれて物を云うことに飽いた。自分で考えていることを、読者や編集者に気兼なしに、自由な心持で云ってみたい」。「文藝春秋」を創刊した理由として、作家・菊池寛はこう言いました。… もっと読む
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#日記

善悪の彼岸の彼岸。

 ふと、今朝ニュースを見ながら、ある芸人の放った言葉に意外性を感じていた。  「ダメな人…

当麻 あい
2か月前

ビジョンハッカーが世界を変える

「ミレニアム」ジェネレーションY・Z世代が社会すべてを破算にする いつまでたっても「ラチ」…

racoco
5か月前

【短編小説】夢記録

 夢を残しておくことにした。  なんてことはないよ。枕元に100均で買ったメモ用の小さなノー…

七藤 隼
6か月前

はじめて母娘になった日

近く、結婚をする。 しかも、コロナ禍で。 はじめ、母は、反対していた。 3ヶ月ぶりに会った…

当麻 あい
9か月前

別冊文藝春秋

こんにちは、おみです。 来週1週間休みをもらうため、今週は仕事がタイトになっています。 …

おみnote
1年前

死は常に平等に

10年前の今ごろは、日本全国が、混乱のなか、茫然自失でいた。 テレビを見ながら、無言で、何…

当麻 あい
1年前

気づけば十年目、心は復興しているだろうか。

忘れもしない、3月11日午後2時46分 震度7、マグニチュード9、東日本大震災。 当時、わたしは、自宅療養中で、昼ごはんの支度をしていた。 親子丼を作り終えて、火を消した直後、微かな揺れから始まった。 それが、大きな揺れに変わってゆくとき、気づけば、家の外の塀にしがみつき、自分の家が、右へ左へ揺れているのを、眺めていた。 あ、倒れたら、死ぬな、と思い、隣家を見ると、 同じように、外へ飛び出してきた人が、空を眺めていた。 私たちは、目を合わせて、ぺこり、とした。 電線は

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風化した街と流れ続ける事象

都会の中心から1時間。たったそれだけの距離で、景色は風化し、時間はスピードを緩める。 一…

名前は「呪い」で「祈り」で「願い」なのだ。

僕にとって自分の名前は、どこまでもついてくる重荷、いわば「呪い」だ。 目につくたびに意識…

久しぶりに文藝春秋を買った

昭和50年代、まだ小学生のワタシの家には三冊の雑誌が必ずといっていい程散らばっていた。家の…

こっこ
1年前

毎日を、『あっ』という間にしないために

「『一年はあっという間』っていうけどさ、じっさい『あっ』て言っても一年は過ぎなくね??」…

ガーリックポークと僕の味

ニンニク香る豚肉と僕への疑問 「これ、食べてみてくれる?」 ある日のこと。アルバイトをし…

実話時代と文藝春秋

1ヶ月ほど前に、" #みんなの文藝春秋 にピックされました "という 舞い上がり系の記事を書き…

えいきら
2年前

美味しいものと空気。

林さんの寄稿を読んで、「まさに」と思った。 私も10年前はまさに「空気」を売っていた。それが飲食店(居酒屋)の意味だと思っていたし、それを求められてもいた。「私」というキャラと店の空気で顧客を作っていくスタイル。 もちろん、美味しさも必要だけれど、「普通よりちょっと美味しい」とか「普通よりちょっと新しい」とか、本当にちょっとのことで売れていたし、それで成り立っていた。 ただ、独立してからは「空気」や「人」ではなく純粋に「美味しさ」というもので顧客を作っていきたい、と思う

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