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文藝春秋digitalオリジナル無料連載

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“文藝春秋の顔”というべき筆者たちによる「文藝春秋 digital」オリジナル無料連載をまとめました。三浦瑠麗、門井慶喜、中野信子、出口治明、森功、辻田真佐憲、野口悠紀雄、西寺郷… もっと読む
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#この東京のかたち

なぜ江戸は首都になったのか|門井慶喜「この東京のかたち」最終回

★前回の話はこちら。 ※本連載は第29回です。最初から読む方はこちら。  お気づきかもしれ…

なぜ青梅は新宿の母なのか|門井慶喜「この東京のかたち」#28

★前回の話はこちら。 ※本連載は第28回です。最初から読む方はこちら。  江戸の街なみとい…

なぜ三菱は巣鴨を買ったのか|門井慶喜「この東京のかたち」#27

★前回の話はこちら。 ※本連載は第27回です。最初から読む方はこちら。  三菱財閥の創始者…

なぜ羽田には空港があるのか|門井慶喜「この東京のかたち」#26

★前回の話はこちら。 ※本連載は第26回です。最初から読む方はこちら。  東京国際空港。 …

なぜ寅さんは葛飾柴又に帰って来たのか|門井慶喜「この東京のかたち」#25

★前回の話はこちら。 ※本連載は第25回です。最初から読む方はこちら。  菊池寛が戯曲「父…

なぜ目黒にヱビスビールの工場が降ってきたのか|門井慶喜「この東京のかたち」#24

★前回の話はこちら。 ※本連載は第24回です。最初から読む方はこちら。  目黒といえば目黒…

なぜ池袋は鉄道の影が薄いのか 門井慶喜「この東京のかたち」#23

★前回の話はこちら。 ※本連載は第23回です。最初から読む方はこちら。  池袋の街は昭和29年(1954)1月20日に誕生した。もちろんそれ以前にも池袋村などという名前で存在はしていたが、ほぼ純然たる農村だったので、こんにち見るような都会ではなかったのである。  この日はじつは、営団地下鉄(現・東京メトロ)丸ノ内線の開業日だった。池袋ー御茶ノ水間。ということは、この時点では、丸ノ内線なのにまだ丸の内に達していなかったことになるが(のち延伸)、それでも東京では銀座線につづく

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なぜ池袋は三兄弟の末っ子なのか 門井慶喜「この東京のかたち」#22

★前回の話はこちら。 ※本連載は第22回です。最初から読む方はこちら。  三兄弟がみょうに…

なぜ渋谷は繁華街になったのか 門井慶喜「この東京のかたち」#21

★前回の話はこちら。 ※本連載は第21回です。最初から読む方はこちら。  渋谷というところ…

なぜ渋谷は日本初の別荘地なのか 門井慶喜「この東京のかたち」#20

★前回の話はこちら。 ※本連載は第20回です。最初から読む方はこちら。  大岡昇平は戦後を…

なぜピカチュウは町田で生まれたのか 門井慶喜「この東京のかたち」#19

★前回の話はこちら。 ※本連載は第19回です。最初から読む方はこちら。  東京都は、東西に…

なぜ江戸城はあっさり明け渡されたのか 門井慶喜「この東京のかたち」#18

★前回の話はこちら。 ※本連載は第18回です。最初から読む方はこちら。 「無血」という語は…

「なぜ麹町は地図の聖地になったのか」 門井慶喜「この東京のかたち」#17

★前回の話はこちら。 ※本連載は第17回です。最初から読む方はこちら。  麹町は江戸城(皇…

「なぜ隅田川には橋がなかったか」 門井慶喜「この東京のかたち」#16

★前回の記事はこちら。 ※本連載は第16回です。最初から読む方はこちら。  東京という街について考えていると、ときどき欲求不満になる。  遠くへ旅行できないことのそれにも似ているだろうか。何しろ街づくりの始まったのは天正18年(1590)、徳川家康の関東入府のときであり、それ以前のころのことには想像の手がなかなか届かない、というより、想像の材料がないのである。  いっそのこと、古代、中世の日本には、  ――江戸など、存在しなかった。  そう言いきってしまいたい衝動に

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