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2022年4月の記事一覧

映画「ベルファスト」を見ていたら… ラクエル・ウェルチ スターは楽し|芝山幹郎

ラクエル・ウェルチ Studiocanal Films Ltd/Mary Evans/共同通信イメージズ 明朗闊達な記念碑『ベルファスト』(2021)を見ていたら、『恐竜100万年』(1966)の映像が眼に飛び込んできた。1969年のベルファストを黒白で描いた映画なのだが、引用部分はカラーに変わる。 映画館でそれを見た瞬間、主人公の少年が頬をゆるめる。観客も束の間ほっと息をつく。当時のベルファストでは、プロテスタント住民とカトリック住民との摩擦が激化しはじめていた。

【フル動画】池上彰×入山章栄 対談「一瞬の経営判断が勝敗を分ける」

◆経営学は「最強の教養」か 文藝春秋digitalは、5月19日(木)20時〜、ジャーナリストの池上彰さんと経営学者の入山章栄さんによるオンライン対談イベント「一瞬の経営判断が勝敗を分ける」を開催しました。 《対談フル動画はこのページの下部にあります》 入山さんは『世界の経営学者はいま何を考えているのか』『世界標準の経営理論』などのベストセラーで知られ、現在の経営理論のフレームワークや理論を率先して日本に紹介されています。 入山さんは「現代の経営学は、『そもそも人・組織

新連載 仁義なきヤクザ映画史③「国定忠治が大衆の欲望を乱反射する」伊藤彰彦

大河内傳次郎のニヒリズム——。伊藤大輔『忠次旅日記』(1927)/文・伊藤彰彦(映画史家) ★前回を読む。 ヤクザ者とはいつどのように生まれたのか日本映画最初のヤクザ映画(当時は侠客物)とは何か? それは、“目玉の松ちゃん”の愛称で親しまれた日本映画最初のスター、尾上松之助が主演した『侠客 祐天吉松』(1910年、横田商会製作)と思われる。講談で有名な、背中に彫物を背負った元掏摸が流転していく物語だ。 「この作品はフィルムも残っていませんし、監督名すら分かりません。ただ

綿矢りささんが今月買った10冊の本 吉本ばなな、みうらじゅん、五木寛之…

銅像と偶像お仕事の関係で読む本が増えてくると、自分が本当に読みたい本ってなんだろうと分からなくなる。小説家になる前は好きな本ばかり読んでいて、自然な関心がわき、途切れることなく読みたい本が出てきた。今は自分の中の衝動からではなく、外部からの発注で読み始めることが多い。昔よりだいぶ受け身になったなと思いつつ、これホンマ読んでよかったわと心から思える本も多く、本との出会いにもご縁ってあるんだな、とシミジミ。『まど・みちお詩集』もそのうちの一つで、肩肘をはって暮らす私が見逃していた

原田マハさんの「今月の必読書」……「メロンと寸劇」向田邦子

おいしい話でお腹がいっぱい私は生来の食いしん坊である。朝ごはんを食べながら、今日のランチは何を食べよう、と考えている。 などとただの食いしん坊なのに偉そうに書きたくなったのは、本書の中で描かれている数々のおいしいエピソードが、あまりにも「そう、わかるわかる!」「そういうことあるんだよねえ」と共感することばかりで、「私も邦子さん(と敬愛を込めて呼ばせていただく)と同じくらい食いしん坊なんです」と主張したい気分にかられまくってしまったからである。しかも邦子さんは、ご自身をおいし

立花隆 没後1年「田中角栄研究」の取材日誌 武藤旬(文藝春秋第一文藝部)

取材期間は約3週間。総理を追い込んだ「調査報道」には苦い挫折もあった。/文・武藤旬(文藝春秋第一文藝部) 噂でしかなかった『田中角栄金脈』その色褪せたB5判ファイルの表紙には、「取材日誌 田中角栄研究(昭和)49年11月号」とある。記したのは、立花隆が執筆した「田中角栄研究―その金脈と人脈」で取材班キャップを務めた、白石勝(当時34、のち文藝春秋社長。2015年死去)である。 「今回編集部の求めに応じて、父の書斎を探したところ、クローゼットの戸棚に時代順に並べられた書類の

中野翠 蘇るウエスト・サイド物語

文・中野翠(コラムニスト) ロバート・ワイズ監督の映画『ウエスト・サイド物語』を観たのは、高校(女子校)に入りたての頃だった。 すでに評判になっていて、同じクラスのYさんは「七回」って言っていたかな、繰り返し観に行っていた。どうやら一人で足を運んでいるらしい。一人で映画を観に行くなんてエライなあ、カッコいいなあ、と尊敬。 日曜日。『ウエスト・サイド物語』を観るべく、クラスメイトと日比谷の映画館へ。言うまでもなく興奮。ニューヨークの片隅のウエスト・サイドを舞台に「ロミオと

逢坂冬馬 祖父へ

文・逢坂冬馬(作家) 1925年に生まれた祖父は海軍に志願して、戦地に赴くことなく国内で敗戦を迎えた。 かつて私が知っている祖父の「戦争体験」とはそれだけだった。 ともあれ、戦地へ行かずに済んでよかったね。行ってたら死んじゃったかも知れないもの、というのが、私と家族みんなの思いだったと思う。 2005年、この一文で終わる程度にしか知らない戦争体験をもっと詳しく聞こうと大学生の私が思い立ったのは、その年が戦後60年を迎える年であり、そしてそれを聞くことのできる時間は、も

【インタビュー動画】楠木建「レジェンドの共通点は『商売勘』と『人間洞察』――文藝春秋が伝えた経営者の肉声」

「文藝春秋」5月号での特集「日本企業『復活への道』」に、経営学者・楠木建氏は「文藝春秋が伝えた経営者の肉声」を寄稿されました。松下幸之助、本田宗一郎、小林一三、井深大……日本を代表する経営者たちへのインタビュー記事を総覧しつつ、そこから学び取れる智恵と洞察を楠木さんが25頁に渡って解説しています。 《インタビュー動画(約80分)はこの記事の最下部にあります》 「文藝春秋が伝えた経営者の肉声」目次 「だれが裸で泳いでいたか」 アメリカ頼みを嘆く 本質は簡単には変わらない 1

頭蓋骨陥没の大怪我を負ったオヤジがぼくに言ったありがたい言葉 夢枕獏(作家)

著名人が父親との思い出を回顧します。今回の語り手は、夢枕獏さん(作家)です。 親父は詩人だった?ぼくの父が亡くなったのは、74歳の時だ。少し早い死だ。死因はガン。若い頃のぼくの目標は、父が死んだその歳よりも長く生きることだった。 父、つまり親父が詩を書いたり小説を書いたりしていたことは、亡くなったあと母から知らされた。 「これがそうよ」 と、残っていた詩の原稿を母から渡されて読んだのだが、残念ながら名品というような詩ではなかった。わずか数編の詩であったが、その中に3回

東大理3に子供4人を入れた私を育てた、亡き母のマイルール 佐藤亮子(浜学園アドバイザー)

著名人が母親との思い出を回顧します。今回の語り手は、佐藤亮子さん(浜学園アドバイザー)です。 おばあちゃんの舞台化粧元英語教師である私は、4人の我が子を東大理3に入れたことで注目を浴びた。その私の母は、亡くなる83歳まで、色白でシミひとつない肌の持ち主だった。紫外線には非常に注意していて、玄関先の郵便受けにも素顔のときには日焼けするからと断固行かなかった。お出かけに誘うと「お化粧するからちょっと待ってて」と、おもむろに鏡の前でマッサージから始め、終わったらガーゼで拭き取り化

渡辺勘郎 名スカウトが遺した言葉

文・渡辺勘郎(ジャーナリスト) いよいよ開幕したプロ野球。だが、それを楽しみにしていた野球人の姿が今季はない。昨年12月に亡くなった片岡宏雄さん(享年85)だ。古田敦也、石井一久、広澤克実、池山隆寛、宮本慎也、石川雅規……ヤクルトを代表する選手たちを見出した名スカウトで、昨季、日本一となったチームを率いた高津臣吾監督も、その一人だ。一方で、黄金期の監督だった故・野村克也氏との確執も根深かった。 「野村監督の“ID野球”はデータを野球に活かすってことだけど、負けた言い訳(の

塩川伸明 ソ連解体に迫った「枕本」

文・塩川伸明(東京大学名誉教授) 今から30年前にソ連という国がなくなったことは誰もが知っているが、「どのようにして?」と問われることは滅多にない。漠然たる自明視が支配的だからだろう。だが、実はきちんと解明されていない問題が多々残っている。 ソ連時代末期の「ペレストロイカ」は、当初は限定された体制内改革を目指していたが、次第にエスカレートし、ついには事実上の体制転換=脱共産主義化を志向するようになった。そこにおいて主要目標とされたのは、市場経済化、リベラル・デモクラシー化

新書時評「悪い言語哲学入門」「哲学で抵抗する」ほか 武田徹

評論家・専修大学教授の武田徹さんが、オススメの新書3冊を紹介します。 危機を生き抜く哲学新型コロナウイルス感染症の流行は、変異株が次々に現れ、なかなか終息に向かわない。終わりを予測できないパンデミックのなかで、絶望に慣れてゆくことでより深い絶望的状況に追いやられる人々を描いたカミュの『ペスト』の世界が今や現実のものとなっている。 こうした危機に対して医学では対処しきれず、文学や哲学が提供する人文知に事態改善への期待がかかる。福嶋亮大『感染症としての文学と哲学』(光文社新書