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#蓋棺録

『文藝春秋digital』2022年6月ラインナップ

■会員限定イベント●6月8日(水) ・新庄剛志「薬物使用」の過去 抜き打ち検査で「陽性」も、詳細は伏せられ、その年に引退―― 鷲田康(ジャーナリスト)+本誌取材班 ●6月10日(金) ・プーチンが最も殺したい男の告白 M・ホドルコフスキー(オリガルヒ・石油会社「ユコス」元代表)「ウクライナ侵攻は彼の個人的な動機から始まった」 ・「性暴力」私は負けなかった 卜田素代香(仮名)「暴行後『証拠が残るからシャワーを』と男が強いてきました」 ・新連載 外事警察秘録②「日本赤軍との闘い

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【蓋棺録】田沼武能、出井伸之、松井守男、熊﨑勝彦、石井隆

偉大な業績を残し、世を去った5名の人生を振り返る追悼コラム。 ★田沼武能 写真家の田沼武能は、百数十カ国をめぐり、子供たちを通して世界を見つめた。 1960年代半ば、タイム・ライフ社のカメラマンとしてパリを訪れたとき、ブローニュの森で夢中になって遊ぶ子供たちに魅かれる。その瞬間から、子供の写真が一生のテーマとなった。「子供たちは社会の鏡なんです」。 29(昭和4)年、東京の浅草に生まれる。実家は写真館。子供のころは仏師になりたかったが、父に反対された。そこで建築学科に

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【蓋棺録】早乙女勝元、イビツァ・オシム、山本圭、中山俊宏、佐々木史朗

偉大な業績を残し、世を去った5名の人生を振り返る追悼コラム。 ★早乙女勝元作家の早乙女勝元は、12歳のとき東京大空襲を体験し、その惨状の記録と後世に伝える活動に尽力した。 「勝元、起きろ!」という父の声で跳ね起きたのが、1945(昭和20)年3月10日零時過ぎだった。家族と共に外に出たときには、すでに周囲は米軍の空爆により燃え上がり、大きな地鳴りのような音が続いている。勝元の家族も劫火から逃げ惑うだけで、早朝には橋上や建物内には焼死体が重なり、川には隙間なく死体が浮いてい

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【蓋棺録】佐藤忠男、藤子不二雄Ⓐ、宮崎学、見田宗介、M・オルブライト

偉大な業績を残し、世を去った5名の人生を振り返る追悼コラム。 ★佐藤忠男 映画評論家の佐藤忠男(本名・飯利忠男)は、庶民の実感に根差した映画批評を論理的に書き続けた。 23歳のとき日本映画論である「任侠について」を『思想の科学』に投稿する。同誌の中心人物・鶴見俊輔は、原稿を採用しただけでなく、仲間に「分析的な文章を書く人です」と紹介してくれた。そのときの嬉しさを佐藤は後々まで忘れなかった。 1930(昭和5)年、新潟県の入船町に生まれる。9人きょうだいの末っ子。父は漁

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【蓋棺録】西村京太郎、宝田明、北村春江、原田泰治、稲畑汀子〈他界した偉大な人々〉

偉大な業績を残し、世を去った5名の人生を振り返る追悼コラム。 ★西村京太郎 作家の西村京太郎(本名・矢島喜八郎)は、トラベルミステリーの第一人者としてファンを唸らせ続けた。 1978(昭和53)年、『寝台特急(ブルートレイン)殺人事件』がベストセラーになり人気作家に躍り出る。時刻表にはない停車駅や水死体の偽装法など、次々と繰り出されるトリックで読者を驚かした。「この本で初めて重版がかかりました」。 30年、東京の荏原町(現・品川区)に生まれる。父は菓子職人。旧制都立電

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【蓋棺録】恩地日出夫、西郷輝彦、渡邉允、内山斉、モニカ・ヴィッティ〈他界した偉大な人々〉

偉大な業績を残し、世を去った5名の人生を振り返る追悼コラム。 ★恩地日出夫 映画監督の恩地日出夫は、社会派と言われ青春映画の巨匠とも称されたが、一貫して人間の生と死を追求した。 大きな転機が1966(昭和41)年公開の内藤洋子主演『あこがれ』だった。木下惠介が以前書いた台本を山田太一が書き直し、恩地は初めて商業的に成功する。「この作品は、『社会が悪い』の責任回避傾向から僕を解放することになりました」。 33年、東京の世田谷に生まれる。父親は米系貿易会社のサラリーマン。中

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【蓋棺録】海部俊樹、水島新司、外岡秀俊、小嶺忠敏、シドニー・ポワティエ〈他界した偉大な人々〉

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【蓋棺録】ワダエミ、新井満、古谷三敏、上村雅之、全斗煥〈他界した偉大な人々〉

偉大な業績を残し、世を去った5名の人生を振り返る追悼コラム。 ★ワダエミ 衣裳デザイナーのワダエミ(本名・和田恵美子)は、鋭い色彩感覚を駆使し、世界の映画に華やぎを与えた。 1981(昭和56)年、黒澤明監督が『リア王』を元に映画を撮ると聞いたとき、「すぐに台本を手に入れ、室町時代の能衣裳を基本とする案を考えました」。そこで黒澤と直接交渉して採用を勝ち取る。この作品『乱』が公開されると、ワダの衣裳は高い評価を得て、86年、日本女性として初めてアカデミー賞衣裳デザイン賞を

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【蓋棺録】中根千枝、古葉竹識、長谷川和夫、牧阿佐美、日比野弘〈他界した偉大な人々〉

偉大な業績を残し、世を去った5名の人生を振り返る追悼コラム。 ★中根千枝 社会人類学者の中根千枝は、多くの国でフィールド調査を行なった比較から、日本社会を「タテ社会」として論じ、論壇でも活躍した。 1967(昭和42)年、『タテ社会の人間関係』を刊行する。当時は珍しい社会人類学による日本論で、ベストセラーになって十数か国語に翻訳された。その後も世代を超えて愛読され、すでに117万部に達している。 26(大正15)年、東京に生まれる。父は弁護士だった。小学生のとき父が中国

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【蓋棺録】柳家小三治、さいとう・たかを、すぎやまこういち、森山眞弓、コリン・L・パウエル〈他界した偉大な人々〉

偉大な業績を残し、世を去った5名の人生を振り返る追悼コラム。 ★柳家小三治 落語家の柳家小三治(本名・郡山剛蔵)は、登場人物の言葉の奥にある、笑いの「本域」を求め続けた。 小三治の師匠・柳家小さんは、ほとんど稽古をつけてくれなかった。二ツ目の頃「やってみな」というので『長短』を演じると小さんは黙ってしまい、ややあってぼそっと「お前の噺は面白くねえなあ」。小三治はショックを受け、しばらく考え込んだという。 1939(昭和14)年、東京の新宿柏木(現・北新宿)に生まれる。

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【蓋棺録】澤井信一郎、内橋克人、正司敏江、色川大吉、ジャン=ポール・ベルモンド〈他界した偉大な人々〉

偉大な業績を残し、世を去った5名の人生を振り返る追悼コラム。 ★澤井信一郎 映画監督の澤井信一郎(本名・信治)は、長い助監督時代をへてのち、ミステリーから文芸作品まで幅広い分野で力量を示した。 1981(昭和56)年、松田聖子主演の『野菊の墓』で監督デビューする。すでに助監督を務めた映画が58本あり、落ち着いた様子で演技指導を続け、公開されると当然のようにヒットした。以降、14本の監督作品を残した。 38年、静岡県の雄踏町(現・浜松市)に生まれる。父は代用教員だったが、

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【蓋棺録】益川敏英、サトウサンペイ、千葉真一、江田五月、笑福亭仁鶴〈他界した偉大な人々〉

偉大な業績を残し、世を去った5名の人生を振り返る追悼コラム。 ★益川敏英 素粒子物理学者の益川敏英(ますかわとしひで)は、宇宙の起源を解明する「CP対称性の破れ」を理論化しノーベル賞を受賞した。 2008(平成20)年、ノーベル賞受賞が決まったとき感想を聞かれ「たいしてうれしくないです」と答えた。このとき舌を出す様子が報じられると世界中が驚いた。 1940(昭和15)年、名古屋市に生まれる。父は家具職人だったが、戦後、砂糖問屋を始め、益川も重い砂糖袋を担いだ。電気技師

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【蓋棺録】辻久子、酒井政利、藤田紘一郎、李麗仙、ドナルド・ラムズフェルド〈他界した偉大な人々〉

偉大な業績を残し、世を去った5名の人生を振り返る追悼コラム。 ★辻久子バイオリニスト辻久子(つじひさこ)(本名・坂田久子)は、天才少女として注目され、戦前から戦後にかけて日本のクラシック音楽を支えた。 1973(昭和48)年、久子の演奏会が普段以上の大盛況となった。直前、3500万円のストラディバリウスを買うため自宅を売ったと報じられ、その音色を少しでも聴きたいと、聴衆が殺到したからだった。もちろん、客寄せに使おうなどとは思わなかったが、「展示会で弾かせてもらったら欲しく

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【蓋棺録】小林亜星、根岸英一、寺内タケシ、若山弦蔵、エドワード・デ・ボノ〈他界した偉大な人々〉

偉大な業績を残し、世を去った5名の人生を振り返る追悼コラム。 ★小林亜星 作曲家で俳優の小林亜星(こばやしあせい)は、斬新なメロディを生み出すいっぽう、頑固で古風な日本の親父を生き生きと演じた。 1974(昭和49)年から始まったテレビドラマ『寺内貫太郎一家』は平均視聴率31.3%を記録する。ディレクターの久世光彦が「小林でやりたい」と言うと、脚本の向田邦子は難色を示した。当時、小林は長髪にサングラス。そこで小林を坊主刈りにし、法被を着せて引き合わせたところ、向田は「こ

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