文藝春秋digital

父と三人兄妹|千住博

著名人が父親との思い出を回顧します。今回の語り手は、千住博さん(画家)です。 私が10代の頃、毎年正月になると、自宅には父の弟子たちが何十人と集まり、新年会が開催されました。父はその時、普段家では見せないような笑顔で楽しそうに大声で笑ったり、交わされる話に熱心に深夜まで耳を傾けてい…

馬場あき子さんのおふくろの話

著名人が母親との思い出を回顧します。今回の語り手は、馬場あき子(歌人)です。 2人の母をもつゆたかさ 私の生みの母の記憶は、ほとんど写真に残されたものから構成されている。昭和3年、私を生んだ母はやがて結核を病んだ。当時結核はまだ不治の病とされ、その家の前を通るのも嫌がられていたらし…

鎌田浩毅さんのオヤジの話。

著名人が父親との思い出を回顧します。今回の語り手は、鎌田浩毅さん(京都大学教授)です。 好きなことより、できること 道路会社の技術屋をしていた父は、あまり家に帰らなかった。機械部という部署に属し、会社の機械が故障しかけるとすぐに飛んでいった。家族の体調より機械の機嫌をずっと気に掛…

石内都さんのおふくろの話。

著名人が母親との思い出を回顧します。今回の語り手は、石内都さん(写真家)です。 母から女へ 母は18歳で自動車免許を取得した。1934年(昭和9年)である。その当時、地方の女性の仕事は女中か、針子が般的だったが、母は手に職をつける為にドライバーを選んだのである。バス、トラック、タクシー…

鷲田めるろさんのオヤジの話。

著名人が父親との思い出を回顧します。今回の語り手は、鷲田めるろさん(十和田市現代美術館館長)です。 父と絵と 父は油絵を描いていた。私が幼い頃、父はまだ学生で、時間に余裕もあったのだろう。よく写生に連れて行ってくれた。父のキャンバス地の画材入れをよく覚えている。絵の具のチューブが…

ほどよく離れて|小島慶子

著名人が母親との思い出を回顧します。今回の語り手は、小島慶子さん(エッセイスト・タレント)です。 ほどよく離れて お互いに良くしてあげたいと思っていても、近くにいるとしんどいので、適度に離れている方が良い関係というのがあります。母と私はそれです。占い好きな母に言わせればそれは私が…

わたしはわたし|東山彰良

著名人が父親との思い出を回顧します。今回の語り手は、東山彰良さん(作家)です。 わたしはわたし 両親が広島大学に留学していたせいで、台北の祖父母の家に5歳まで預けられていた。 そのせいだろう、どんなに記憶の底をさらってみても、そのころの父に関する記憶がない。父のことで思い出せるい…

黒田杏子さんのおふくろの話。

著名人が母親との思い出を回顧します。今回の語り手は、黒田杏子さん(俳人)です。 無名の俳人  母のこゑ節分草の咲くころね 杏子  母は95歳で亡くなるまで、句作に打ち込んでいた。私には姉兄妹弟が居て、私はその真ん中の5人きょうだい。  私たち夫婦には子供が居ない。広告会社に60歳定年…

北康利さんのオヤジの話。

著名人が父親との思い出を回顧します。今回の語り手は、北康利さん(作家)です。 大きな背中を追いかけて  商社の石油子会社に勤めていた父は、ガソリンスタンドで働いている時代が長かった。一度、青い作業服で家に帰ってきたとき、小学生の私は学校で習ったばかりの言葉でこう言ってしまった。 …

赤川次郎さんのオヤジの話。

著名人が父親との思い出を回顧します。今回の語り手は、赤川次郎さん(作家)です。 ひとかけらの記憶  小学3、4年生のころだったと思う。当時東映の教育映画部長だった父について、日光へロケを見に行った。古い木造校舎と校庭での撮影を眺めていると、カメラマンから、 「坊ちゃん、ちょっと出て…