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#日本人へ

『文藝春秋digital』2022年6月ラインナップ

■会員限定イベント●6月8日(水) ・新庄剛志「薬物使用」の過去 抜き打ち検査で「陽性」も、詳細は伏せられ、その年に引退―― 鷲田康(ジャーナリスト)+本誌取材班 ●6月10日(金) ・プーチンが最も殺したい男の告白 M・ホドルコフスキー(オリガルヒ・石油会社「ユコス」元代表)「ウクライナ侵攻は彼の個人的な動機から始まった」 ・「性暴力」私は負けなかった 卜田素代香(仮名)「暴行後『証拠が残るからシャワーを』と男が強いてきました」 ・新連載 外事警察秘録②「日本赤軍との闘い

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塩野七生「『金色夜叉』を読む 日本人へ227」

文・塩野七生(作家・在イタリア) 夏目漱石は1867年の生れだが、尾崎紅葉もその1年後に生れている。2人とも、いまだ江戸の空気の濃く漂う東京の生れ。そして2人とも、開校したばかりの東京府立一中に学び、その後は大学予備門、まもなく一高と変わるが、そこで英語をたたきこまれたことでも似ている。その後に進む大学では漱石は英文科で、紅葉は国文科とちがうが、2人とも原語で英文学を読めたことでも同じ。つまり、府立一中→一高→東大というエリート・コースを進んだことでは、2人ともまったく同じ

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塩野七生 東京っ子の心意気 露伴、鷗外、一葉… 日本人へ226

文・塩野七生(作家・在イタリア) いかに漱石でもこのような想いは、親しい仲の鈴木三重吉にだけ書いている。 「死ぬか生きるか、命のやりとりをする様な維新の志士の如き烈しい精神で文学をやってみたい。それでないと何だか、難をすてて易につき、劇を厭ふて閑に走る、所謂腰抜文学者の様な気がしてならん」 これにはおおいに共感したので書き写して仕事場の壁に張りつけたのだが、漱石先生ちょっと大ゲサでは、とは思ったのだった。 しかし、大久保利通について少しばかり書いた今、大ゲサとは思わな

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塩野七生 大久保家の写真を拡大して見たら 日本人へ225

文・塩野七生(作家・在イタリア) すでに2カ月になろうとしているが、ヨーロッパのテレビは連日、侵攻してきたロシアに対するウクライナの防戦のニュースで埋めつくされている。ウクライナとは国境を接していないイタリアでさえ、逃げてきた難民は10万を超える勢い。ほとんどが女子供と老人なのは、男たちは祖国防衛に残っているからだという。まるで大熊が小羊に襲いかかっているようだが、これは地上での話。地下で別の話が展開中。 ロシアからはヨーロッパ諸国に向けて何本ものガス管が通っている。ヨー

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塩野七生 二人の妻と九人の子供と 日本人へ224

文・塩野七生(作家・在イタリア) 『満韓ところどころ』の中で、漱石はこんな一行を書いている。「旅順には佐藤友熊という旧友があって、警視総長という厳しい役を勤めている。これは友熊の名前が広告する通りの薩州人で、顔も気質も看板のごとく精悍にでき上がっている」。これで始めて納得がいったのだ。大久保利通が息子たちの名に、そろいもそろって「熊」の字をつけていたのが。 正妻で薩州女のます女から生れた4人は、彦熊、伸熊、三熊、雄熊。ゆう女のほうは京都の一力亭の娘というから京女にちがいな

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塩野七生 大久保利通 日本人へ223

文・塩野七生(作家・在イタリア) コロナがまだ世界中に禍いをまき散らす前のことだ。東京での夕食の席で、選挙区は九州という政治家が言った。 「西洋史上の男たちは書き終えたのだから、そろそろ日本人に移ってはどうですか。西郷隆盛とか」 「中から下の男や女たちに愛される男には興味ない。大久保ならば、と考えることはあるけれど」 「大久保では、視聴率は稼げませんよ」 しかし、世界史的に見ても、明治維新は成功した革命であったのだ。近代国家に移行する基盤としてもよい、廃藩置県をやり

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塩野七生 各人各句 日本人へ222

文・塩野七生(作家・在イタリア) 他の人のことは知らないが、私の場合の執筆の動機は、その人物の歴史上の重要度なんぞにはない。その人が言ったという一句に眼がとまり、このようなことを口にする男とはどんな人間であったのか、に興味を持ったことから始まるので、入り口は常に、学問的どころかすこぶる感覚的。 冬のある日、翌年の春に東征に発つと決めたアレクサンダーは、出陣の挨拶に旧師を訪れた。50歳に達していたアリストテレスは、今ではマケドニアの王になっているアレクサンダーの少年時代の教

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塩野七生 エライ人はやっぱりエライのよ 日本人へ221

文・塩野七生(作家・在イタリア) 実は、ローマでの1カ月の入院生活にもその後の自宅でのリハビリにも耐えられたのは、一にも二にも本を読む毎日であったからだ。入院中とて個室だから備えつけのテレビで番組を選ぶのは自由でも、ニュースを見るのは日に1度だけ。それ以外はクラシック音楽か動物のドキュメンタリーを見るぐらいで、本を読む時間は充分にあった。 と言っても、横文字はしんどいからタテ文字。つまり日本語で書かれた本。それも日本の文学で鴎外、漱石、荷風、谷崎、芥川ときて中島敦どまりだ

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塩野七生 ローマでの“大患” 自宅で転倒、法王さま御用達病院に入院したが…

文・塩野七生(作家・在イタリア) 塩野氏 サマにならない闘病記 作家の闘病記となればやはり、胃潰瘍とか結核とか癌のように病気らしい病気でないと、まずもってサマにならない。読む人の同情さえも呼ばないからである。ところが私ときたら……。 異変は8月24日の午後に起った。天気は良いし散歩にでも出るかと思ったのがいけなかった。寝室で外出着に着替えていたときじゅうたんに靴のかかとを引っかけ、無意識に頭を守ろうとしたのか右半身からモロに転倒したのだ。尋常でない痛みだった。起てないの

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塩野七生 外交とは、血を流さない戦争のこと 日本人へ220

文・塩野七生(作家・在イタリア) 8月15日、アフガニスタンの首都カブールは、あっという間にタリバンに制圧された。そして1週間が過ぎた今日になっても、アメリカを始めとしてこの20年間アフガンに兵とカネをつぎこんできた西欧諸国の混乱はつづいている。1年以上も前からアメリカとタリバン側の交渉は始まっていたのに結果がこれか、というショックによるのだろう。私にもショックだったが、それはちょっとちがって、アメリカ側の情報収集はどうなっていたのかということだった。なにしろ、タリバンを追

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塩野七生 国民を幸せにするスポーツ 日本人へ219

文・塩野七生(作家・在イタリア) 7月11日の夜遅く、わが家の二重ガラスの窓さえ通して入ってくる歓声を聴きながら思った。イタリア人を右派や左派の別なく団結させることができるのは「カルチョ」だけなのだ、と。 先月号で「勝てる男」というテーマで取りあげた2人のうちの1人が、早くもそれを立証してくれたのである。その日は、サッカーのヨーロッパ選手権の決勝の日。そこまで勝ち進んできたイタリアの敵は、イングランドで、戦場もロンドンにあるウェンブリー。観客も大半が英国人で、イタリア人は

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塩野七生「日本人へ」|窮極のソフト・パワー「知恵」

文・塩野七生(作家・在イタリア) 『21世紀の人と国土』と題した、ひと頃は日本の国土計画の「顔」のような存在であった故・下河辺淳(しもこうべあつし)の評伝(著者は塩谷隆英、発行元は商事法務)を読んでいて、そう言えば下河辺さんはよく言っていたな、と思い出した。それは次の一句である。 「われらが日本には、カネもなければ技術もない。だから、知恵を働かせるしかない」 この一句は、今の日本人には少々説明が必要かもしれない。“ひと頃”ならば日本は経済大国になっていたし技術もあったの

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30人のためだけに|塩野七生「日本人へ」

文・塩野七生(作家・在イタリア) 1度だけ、生前の司馬遼太郎と、じっくり話をしたことがある。対談のような仕事の場ではない。同席者も私を初めて先生に紹介した人なので、この大作家に対しても、正直に率直に質問した。先生にとって最も嬉しい読者はどんな人ですか、と。書く自分の意図を正確に受けとってくれる人、という答えを予想していたのだが、先生の答えはちがった。「司馬遼太郎は今、こういうことが書きたかったのだな、と思いながら読んでくれる人」であったのだから。 まったく同感です、と言っ

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スーパー・マリオの登場|塩野七生「日本人へ」

文・塩野七生(作家・在イタリア) ヨーロッパで言われる「ワル」には、マイナスのイメージはない。できる奴、の俗な言い方にすぎない。かえって、いい奴と言われるほうが心配で、人は良いけれど仕事となると……の意味になるからだ。 コロナで大変なのにイタリアでは、上下両院ともで過半数を維持できなくなったことで、2年半つづいたコンテ内閣は総辞職した。 民主政に忠実でありたければ、国会は解散して総選挙に訴えねばならないところだが、コロナ騒ぎの行方すら見えない状況下での政治の空白を心配し

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