マガジンのカバー画像

文藝春秋digital

一流の作家や知識人、ジャーナリストによる記事・論考・ルポルタージュなどを毎日配信。執筆陣のオンラインイベントも毎月開催中。月額900円で記事が読み放題&イベント見放題のサービスで… もっと読む
月刊誌『文藝春秋』の特集記事を中心に幅広いテーマの記事を配信しています。政治家や経営者のインタビュ… もっと詳しく
¥900 / 月
運営しているクリエイター

#文春BOOK倶楽部

100年後まで読み継ぎたい100冊 綿矢りさ「唇が耳のすぐ側」

文・綿矢りさ(作家) 唇が耳のすぐ側 本のテーマより面白さより、ボソボソとした独特の語り口が身体に染みつき忘れられないことはあり、『万延元年のフットボール』『老妓抄』『人間失格』はそれに該当する。どれも日本文学史に残る稀代の名作であるのは間違いないけれど、どこが素晴らしいか改めて考え直してみると、耳のすぐ真横でほとんど呪文のように呟き続ける低い声音の語り口だ。『万延元年のフットボール』の繊細で緻密な細い根のように世界がじわじわ広がってく語り口、『老妓抄』の小気味良い、「こん

スキ
12

100年後まで読み継ぎたい100冊 本上まなみ「ご都合主義なき児童書」

文・本上まなみ(俳優・エッセイスト) ご都合主義なき児童書『猫と庄造と二人のおんな』。元の妻と今の妻が夫・庄造を取り合う話で、その心理戦に利用されるのが庄造の溺愛する猫「リリー」。追い出された元妻が新妻に、愛されていると本当に信じてる? 違う。あの人は猫ばかりを見ているはずよ、なんて手紙を送るところから話が始まる。悪いこと言わへんから猫は私がもらったげる。新妻側は真に受けるもんかと思いつつも、見れば夫は確かに猫にデレデレ、次第に腹が立ってくる。庄造はマザコンのぼんぼん、こん

スキ
5

100年後まで読み継ぎたい100冊 本郷恵子「未完の日本中世史」

文・本郷恵子(東大史料編纂所教授) 未完の日本中世史今年のお題はなかなか難儀である。気になる本はたくさんあるが、個人的な思い入れの深いものを選んだ。 『無縁・公界・楽』は、支配と隷属が基本原則であるかに見えていた日本の中世社会の中に、自由な空間、無縁の原理を見出した。1978年の刊行で、その翌年に大学に入って歴史学研究をかじり始めた私は、いろいろな先生が興奮気味に、この本に言及するのを聞いた。一方で、本書はあくまでも高度経済成長からバブルに向かう時代の産物だったと思う。今

スキ
4

100年後まで読み継ぎたい100冊 平松洋子「日本人の精神にふれる」

文・平松洋子(作家、エッセイスト) 日本人の精神にふれる読み継ぎながら私が探りたいのは、“日本をつくってきたのはどういうひとたちか”ということ。その前提を踏まえ、まず宮本常一『忘れられた日本人』を挙げたい。宮本常一は昭和14年から全国津々浦々を歩いて常民の語りに耳を傾け、つぶさに記録した。本書に集積されるのは、西日本の村々に生きる古老の言葉と営み。明治・大正・昭和を通じ、日本人はこのようにして社会を形成、文化を継承してきた。そのなまなましいありさまによって、読む者は日本人の

スキ
6

100年後まで読み継ぎたい100冊 原田マハ「芸術家を知る」

文・原田マハ(作家) 芸術家を知る もともと美術館に勤務していたせいか、私は美術史をベースに時間軸をとらえることがよくある。今から◯年前、どんなアーティストが、どんな作品を作ったか。どんな時代背景だったのか——という具合に。 12年前、拙著『楽園のカンヴァス』の取材のためにパリで長期滞在をしていた。仮寓はルーヴル美術館から徒歩5分という夢のようなロケーション。この機会に、古代から近代まで、人類と共に歩んできた壮大な西洋美術史の流れを徹底的にさらってやろうじゃないかと意気込

スキ
4

100年後まで読み継ぎたい100冊 手嶋龍一「中国を見つめる眼力」

文・手嶋龍一(外交ジャーナリスト・作家) 中国を見つめる眼力「中国の世紀」——100年後に人々は21世紀を振り返ってそう呼ぶことだろう。阿片戦争で無惨に敗れた国はいま、海洋・宇宙大国として蘇った。半植民地の隷属から世界の覇者を目指す「習近平の中国」を隣国から見つめてきたニッポンの眼力は他を圧している。 武田泰淳が『司馬遷―史記の世界』で示した中国文明への洞察の深さは恐ろしいほどだ。「司馬遷は生き恥さらした男である」という有名な書き出しで始まる評伝は、不世出の歴史家の内奥を

スキ
5

100年後まで読み継ぎたい100冊 中島岳志「危機を射抜いたメッセージ」

文・中島岳志(東京工業大学教授) 危機を射抜いたメッセージちょうど100年前、世界は「スペイン風邪」の猛威にさらされ、多くの死者を出した。1920年代の世界思想は、第1次世界大戦とスペイン風邪という悪夢をどう乗り越えるかという課題と密着していた。1925年に出版されたモース『贈与論』は、非ヨーロッパ世界における贈与や交換のシステムを探究し、近代資本主義の疲弊を乗り越える道を模索した。本書の第4章「結論」は、協同組合の可能性へと発展する。 近年、繰り返されるウイルス危機は、

スキ
5

100年後まで読み継ぎたい100冊 橘玲「22世紀の“古典”」

文・橘玲(作家) 22世紀の“古典”100年後の日本人が昭和の時代を知ろうとしたら、どのような作品を手に取るだろうか。そんな視点で思い入れのある3冊を選んだ。 『金閣寺』は、終戦直後の鬱屈した社会を背景に、マイノリティ(吃音者)の主人公が美にとらわれ、狂気へと堕ちていく様が美しく硬質な日本語で描かれる。 『1973年のピンボール』は、高度成長期の日本社会の孤独と華やかさをスタイリッシュな文体で提示して、日本だけでなくアジアの若者に大きな影響を与えた。 『ポーの一族』は

スキ
6

100年後まで読み継ぎたい100冊 武田徹「人類が存続する限り」

文・武田徹(評論家・専修大学教授) 人類が存続する限り100年前に刊行されて自分に影響を与えた本がないかと探していたら、あった! ウィトゲンシュタイン『論理哲学論考』だ。 「世界は成立していることがらの総体である」「論理空間の中にある諸事実、それが世界である」……。概念を厳密に定義し、そこから論理的に導かれる命題を並べた断章集のような哲学書は最後に「語りえぬものについては、沈黙せねばならない」に至る。論理の世界を疾走して言葉のない虚空へと突き抜けてゆくようなスピード感が大

スキ
3

100年後まで読み継ぎたい100冊 佐久間文子「苦しみを越えて」

文・佐久間文子(文芸ジャーナリスト) 苦しみを越えて『流れる星は生きている』は高校生のときに初めて読み、戦争とはこんな壮絶な思いをするものなのだと、リアルすぎるほど教えられた。歩きながら足の裏に食い込んで取れなくなってしまう小石のように、戦争体験のない人間の記憶にもいつまでも残っている。 著者自身の経験をこうして書いている以上、生き残れたとわかっていても、乳飲み子を含む3児を抱えて単身、満洲から引き揚げた著者の苦しみは筆舌につくしがたい。戦争体験者がどんどん少なくなるいま

スキ
5

100年後まで読み継ぎたい100冊 片山杜秀「この国の不安定な生きざま」

文・片山杜秀(慶應義塾大学教授) この国の不安定な生きざま日本は決して穏やかに生きられぬ国である。場所のせいだ。ロシアと中国がすぐ隣で、何かと角が立ちやすい。領土問題が何よりの証拠だ。東側には太平洋を挟んで米国がある。米国を意識しないでいられた19世紀までは、極東の島国としていざというときは鎖国でもすれば何とかなったが、百数十年前の黒船来航以来、そうも行かなくなった。 そこで張り合おうとしはじめたのだが、相手は世界的大国ばかりである。どんなに日本が力を付けても、どうしても

スキ
6

100年後まで読み継ぎたい100冊 梯久美子「無数の声を歴史に刻む」

文・梯久美子(ノンフィクション作家) 無数の声を歴史に刻む選書したあとで気づいたのは、これらがみな、歴史の証言であると同時に、すぐれた文学でもある作品だということだ。 1948年にウクライナで生まれたアレクシエーヴィチは、ジャーナリストでありながらノーベル文学賞を受賞した書き手である。『戦争は女の顔をしていない』は彼女の第1作で、第2次大戦でソ連軍の一員として戦った女性たちへの聞き書きだ。話を聞いた従軍女性は500人をこえるという。彼女たちの1人称の語りを中心に、インタビ

スキ
6

100年後まで読み継ぎたい100冊 角幡唯介「大自然に生きる」

文・角幡唯介(探検家・作家) 大自然に生きるはじめに個人的な話をすると、狩りや釣りを中心に活動するようになってから空間の捉え方がかわった。 それまでの登山や極地冒険では、山頂や目的地をめざして無駄なく直進的に行動するのが普通だった。こちら側の意志にもとづく計画があり、それにしたがい自然のなかを剪断しながら突き進むという行動原理だ。 しかし狩りや釣りでこのやり方をするとうまくいかない。山頂のような不動の一点ではなく、つねに動きまわる獣や魚が相手で、向こうの生態や習性にこち

スキ
6

100年後まで読み継ぎたい100冊 角田光代「こうあってほしい世界」

文・角田光代(作家) こうあってほしい世界100年後に読まれていてほしい本について、数年前だったら、ただたんに私の好きな本、心揺さぶられた本を挙げていたと思うのだけれど、こうしてパンデミックを体験してみると、以前よりずっと切羽詰まった気持ちで「読み継いでいてほしい」本が浮かぶことに気づく。 パンデミック後、私たちははたして以前のように旅に焦がれるのか。そもそもインターネットの普及に伴って、旅離れ、旅無精の人が多くなった。『深夜特急』を読み継ぐことで、人は何度でもあらたに旅

スキ
14