さるぐつわ 数へ日をバターぼんやりパンに溶け 人さまに殺されてゐる昼の咳 休憩終了つめたき紙に飴を吐き 矢印のままに地下へと人の冬 ゆく年の耳なら咬んでいいですか 淑気かなマスクの列に猿轡 をぢさんのおつぱい豊かなり初湯
夏井いつき(なついいつき・俳人) 松山は道後温泉のほど近くに構えられた伊月庵。その扉は、万人に開かれている。庵主である俳人・夏井いつき(63)は、“俳句集団”「いつき組」の組長だ。 「結社ではないから、入るのに特別な資格は必要ありません。『俳句って楽しい!』という人は勝手に名乗っ…
句友柳家小三治師匠と電話会談 108分 受話器より噺家のこゑ月今宵 語ること語りたきこと月真澄 月高く本音本心惜しみなく 話芸これは話術ではない月真如 結局は心なんだよ月天心 「東京やなぎ句会」例会日 忘れ得ぬ十七日の月の句座 噺家になつてよかつた今日の月 …
花に托して 闇に浮ぶ花の大きく烏瓜(からすうり) 烏瓜の花の力の失せし朝 鶏頭のいまを盛りに明日子規忌 水引の紅(べに)きはだちて風の中 山からの風含みつゝ花芒(はなすすき) 逝きし人想ひて仰ぐ月今宵 心とは揺れ動くもの萩芒 (2020年10月号)
火と人と より 内外(うちと)のひかり 凍(い)つる雲 冬北斗 乳子(ちご)われ乳子生み 乳房失(う)し うたふ薔薇 匍匐(ほふく)の蜂や 秋まひる 火映(くわえい)火口上空 晨夜(しんや) しくらめん 「老人と森」と謳(うた)はな 緑夜なる 蹤(つ)いてゆく 光の化身 霧氷林(…
著名人が母親との思い出を回顧します。今回の語り手は、黒田杏子さん(俳人)です。 無名の俳人 母のこゑ節分草の咲くころね 杏子 母は95歳で亡くなるまで、句作に打ち込んでいた。私には姉兄妹弟が居て、私はその真ん中の5人きょうだい。 私たち夫婦には子供が居ない。広告会社に60歳定年…
光の起伏 轍(わだち)伸ぶ通行止の雪の先 闇きしみつつ結氷の進む湖 いちめんの光の起伏結氷湖 自分より重さうな橇(そり)曳いてゆく 一晩で穴釣の穴みな消えし 青空へ氷柱消え入るほど細る 寒林の裏に風音ありにけり 【編集部よりお知らせ】 文藝春秋は、皆さんの投稿を募集しています。「#…
秋思 秋思叩くピアノの中のハンマーは 楽団の一行菊の宿に着く 旗百本分の秋天屹立す 黄落(こうらく)のひかりの走るまぶたかな 葉鶏頭(はげいとう)福山通運通用口 蓑虫やそれは揺れすぎではないか 露草やかなしみにくじけるこころ 【編集部よりお知らせ】 文藝春秋は、皆さんの投稿を募集してい…
大目玉 群青に心冷えゆく夜なりけり 巻貝のうつろ聴きをる良夜かな 良夜なり太郎と次郎寝相似て 冷(すさ)まじや鰐の上(へ)渡り来しものも 肌寒やしやぶりて魚の大目玉 ばれをるも使ふ居留守や目白鳴く 車輛中すべて他人や秋深む 【編集部よりお知らせ】 文藝春秋は、皆さんの投稿を募集し…
文・石川九楊(書家)