文藝春秋digital

追悼・半藤一利 ジャーナリズムの歴史家かくありき|辻田真佐憲

1月12日、作家の半藤一利さんが他界した。享年90。今日の昭和史研究に大きな影響を与えた半藤さんだが、「直接会ったことで感化された」と語る一人が、近現代史研究者の辻田真佐憲さんである。 アカデミズムではない、ジャーナリズムの歴史家としての半藤さんの功績とは――。辻田さんが振り返る。 …

蓋棺録<他界した偉大な人々>

偉大な業績を残し、世を去った5名の人生を振り返る追悼コラム。 ★小柴昌俊 ノーベル物理学賞受賞者の小柴昌俊(こしばまさとし)は日本の実験物理学をリードして、世界で初めて超新星のニュートリノを把捉するのに成功した。 2002(平成14)年、ノーベル財団からの電話がありノーベル賞授賞を告げ…

蓋棺録<他界した偉大な人々>

偉大な業績を残し、世を去った5名の人生を振り返る追悼コラム。 ★筒美京平 作曲家の筒美京平(つつみきようへい)(本名・渡辺栄吉)は、時代への感覚を研ぎ澄まし日本のポップミュージックをリードした。 訃報がメディアを駆けまわり、筒美が作曲した歌が次々に流れると、熟年以上の日本人は、そ…

夫ピート・ハミルとの33年|青木冨貴子

文・青木冨貴子(ジャーナリスト・作家) 猛威を奮ったニューヨークのコロナ禍が少し落ち着きを見せた8月5日明け方、病院からの電話で目を覚ましたわたしはそれが夫の最期を告げるものとは思わなかった。 長い間、糖尿病を抱えていたピートは6年前に急性腎不全で入院し、心臓には4つのステントが入り…

蓋棺録<他界した偉大な人々>

偉大な業績を残し、世を去った5名の人生を振り返る追悼コラム。 ★内海桂子 漫才師の内海桂子(うつみけいこ)(本名・安藤良子)は、16歳のときに漫才の世界に入り、観客を笑いの渦に巻き込んで、八十余年にわたり現役を続けた。 1950(昭和25)年、内海桂子・好江を結成。ネタは時事から芸能まで…

父・渡部恒三|渡部恒雄

文・渡部恒雄(笹川平和財団上席研究員) 渡部恒三氏 先日、父、渡部恒三が88歳で他界した。晩年、父は自分を「人に恵まれた」と繰り返し語っていたが、確かにそのとおりだったと思う。そのような父を持ったことで、私自身、現在のシンクタンク研究者という仕事と巡り合い、その人脈から多大な恩恵を…

【追悼手記】浅丘ルリ子「渡哲也くんと裕次郎さんと私」

「ブー姉(ねえ)、ごめんなさい。ちょっと体の調子があまりよくなくて。今度の食事会は延期させてください」 6月に、律儀にかかってきた電話が、渡哲也さんと女優・浅丘ルリ子さんとの最後の会話になった。本当に弟のような存在だったという渡さん、そして石原裕次郎さんとの日々を振り返る。/文・…

追悼・古井由吉「日本文学は精神的支柱を失った」|平野啓一郎

2月18日、古井由吉氏が肝細胞がんのため亡くなった。享年82。 古井氏は1937年、東京生まれ。7歳で東京大空襲を経験。60年、東京大学文学部ドイツ文学科卒。金沢大学、立教大学で教鞭をとる傍ら、ドイツ文学の翻訳に携わる。68年、30歳で処女作「木曜日に」を同人誌『白描』に発表。70年より作家業に専…

追悼・志村けん 東村山と麻布十番を愛した「最後のコメディアン」の素顔

3月29日、新型コロナウイルス感染症による肺炎で急逝した志村けん。70歳という若さでの他界は、多くの人々に衝撃を与えた。日本が誇る喜劇王は、いかにして誕生したのか。故郷・東村山を訪ね歩いた。/文・広野真嗣(ノンフィクション作家)&本誌取材班 誰も傷つけない 「今、志村と飲んでいるんだ…

【追悼・野村克也】 「ノムラの考え」球界最強野球脳は、こうして創られた

「野球は『頭』でやるものだ」という野村克也の野球哲学は、いかにして作られていったのか。選手としても、監督としても、王・長嶋ほどの輝きはなかった野村が“球界最強脳”と呼ばれる由縁を、記者として担当した筆者が解き明かす。/文・本城雅人(作家) 評論で批判を一掃 野球人に限らずたくさん…