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中森明菜「近藤真彦との深夜ドライブ」(2) 西﨑伸彦
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中森明菜「近藤真彦との深夜ドライブ」(2) 西﨑伸彦

人気絶頂の2人は映画共演をきっかけに──。/文・西﨑伸彦(ジャーナリスト) ★(1)を読む。 「絶対に唄いたくない!」 中森明菜のセカンドシングル「少女A」は、1982年7月に発売されると評判を呼び、彼女にとって初めてのヒット曲となった。 しかし、担当ディレクターだったワーナー・パイオニア(現・ワーナーミュージック)の島田雄三は、発売から1カ月近く、明菜とはまともに口を利いていなかった。彼女が不満を募らせていたことは明らかだった。 「明菜に初めて『少女A』のデモテープ

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「転向」ではない「自己変革」の近現代史|保阪正康『日本の地下水脈』

「転向」ではない「自己変革」の近現代史|保阪正康『日本の地下水脈』

「転向」というレッテル貼りではなく、「自己変革」という観点から、あらためて近現代史を振り返る。/文・保阪正康(昭和史研究家) 構成:栗原俊雄(毎日新聞記者) 「転向」の後ろ暗いイメージ 大正時代後期から昭和初期にかけて、共産主義勢力に対する弾圧は苛烈を極めた。そうした状況下の昭和8(1933)年、共産党幹部の佐野学と鍋山貞親が獄中から「共同被告同志に告ぐる書」を発表した。いわゆる転向声明文である。 共産党はコミンテルンの指導を受け、天皇制の打倒を目指していた。しかし佐野と

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佐藤優のベストセラーで読む日本の近現代史 『なぜ必敗の戦争を始めたのか―陸軍エリート将校反省会議』半藤一利編・解説

佐藤優のベストセラーで読む日本の近現代史 『なぜ必敗の戦争を始めたのか―陸軍エリート将校反省会議』半藤一利編・解説

日米首脳会談を地政学から読み解く 米国を公式訪問した菅義偉首相がワシントンで4月16日(日本時間17日)、ジョセフ・バイデン大統領と会談した。同日発表された共同声明では、国際秩序を一方的に変更しようとする中国を牽制する以下の内容が含まれた。 〈日米両国は、台湾海峡の平和と安定の重要性を強調するとともに、両岸問題の平和的解決を促す。日米両国は、香港及び新疆ウイグル自治区における人権状況への深刻な懸念を共有する。日米両国は、中国との率直な対話の重要性を認識するとともに、直接懸念

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保阪正康「日本の地下水脈」|テロに流れる攘夷の思想

保阪正康「日本の地下水脈」|テロに流れる攘夷の思想

「天誅」──維新前夜の尊王攘夷派の合言葉は、なぜ後世のテロで蘇ったのか?/文・保阪正康(昭和史研究家)、構成:栗原俊雄(毎日新聞記者) 保阪氏 右翼によるテロリズム 思想家・社会運動家の満川亀太郎が大正7(1918)年に設立した「老壮会」には、国家主義者から社会主義者まで左右を問わず多くの言論人が集い、思想の交差点ともいうべき活況を呈した。その後、老壮会は活動を停止するが、のちの思想家たちに与えた影響は大きい。今日、私たちが漠然とイメージする右翼・左翼という大まかな分類も

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【遺稿写真公開】さようなら、半藤一利さん 歴史探偵が最後に遺したもの

【遺稿写真公開】さようなら、半藤一利さん 歴史探偵が最後に遺したもの

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【追悼・半藤一利】「おい、二度とあんな時代に戻ることはないだろうな」 半藤さんの声が聞こえてくる|保阪正康

【追悼・半藤一利】「おい、二度とあんな時代に戻ることはないだろうな」 半藤さんの声が聞こえてくる|保阪正康

真贋を見抜く目を持ち、人情に溢れる——数々の名対談、名座談会を繰り広げてきた“相棒”の保阪正康さんが、半藤一利さんの実像に迫る。/文・保阪正康(昭和史研究家) <summary> ▶︎半藤さんは、文藝春秋に入社して1年目の時に担当した坂口安吾から「実証的に歴史を見ることの大切さを教わった」と語っている ▶︎凄惨な戦争体験によって自身も心に空虚感を抱いていた半藤さんは、それをエネルギーに変え、怒りを持って昭和史を検証した ▶︎半藤さんは私たちに宿題を残した。私たちが知っている

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【追悼・半藤一利】半藤さんが悠仁さまに伝えた「空襲体験」|磯田道史

【追悼・半藤一利】半藤さんが悠仁さまに伝えた「空襲体験」|磯田道史

好奇心、現場力、記憶力─ハチ公を見に行った4歳の半藤少年にすでに“歴史探偵”としての才覚のすべてがあった。/文・磯田道史(国際日本文化研究センター准教授) <summary> ▶︎半藤さんが「歴史」に情熱を注いだ理由は「単に好きだから」「人間好き」という2つの“燃料”があったから ▶︎半藤さんは、自分で文を書いた空襲の恐ろしさを描いた絵本を持参して、秋篠宮悠仁殿下にわかりやすくお話をした ▶︎“知識”と違って“洞察”は、AIやビッグデータには担えない、人間にしかない「能力」

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特別再録「オリンピックの英雄たち」(後編)

特別再録「オリンピックの英雄たち」(後編)

 東京五輪まであと500日を迎えた1963年の春、それまでのオリンピックで活躍した日本の英雄たちが、当時を語り合った。今回はその座談会の最終章をお届けする。  ヘルシンキ五輪での古橋廣之進の悲劇、小野喬、相原信行らが体操で金メダルをとったローマ五輪。  オリンピックの輝きよ、永遠に――。/聞き手・川本信正(スポーツ評論家)&菅沼俊哉(共同通信運動部長) この記事に登場する人物 遊佐幸平(ゆさこうへい)〈馬術〉 9回大会に出場。以後、監督として参加。 笹原正三(ささはらし

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特別再録「オリンピックの英雄たち」(中編)

特別再録「オリンピックの英雄たち」(中編)

 東京五輪まであと500日を迎えた1963年の春。  それまでのオリンピックで活躍した英雄たちが、当時を振り返った。その座談会の中編をお届けする。  競泳5種目の優勝や、バロン西の勇姿が燦然と輝くロス五輪、「前畑ガンバレ」の名実況が記憶に残ったベルリン五輪。オリンピックの栄光がふたたび蘇る。/聞き手・ 川本信正(スポーツ評論家)&菅沼俊哉(共同通信運動部長) この記事に登場する人物 遊佐幸平(ゆさこうへい)〈馬術〉 9回大会に出場。以後、監督として参加。 西武子(にした

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特別再録「オリンピックの英雄たち」(前編)

特別再録「オリンピックの英雄たち」(前編)

 東京五輪まであと500日を迎えた1963年の春。それまでのオリンピックで活躍した輝ける英雄たちが、往時を振り返った。  “消えた日本選手”となった金栗四三、パリ会場までの40日近い船旅、陸上での初の金メダル――座談会は実に朝から深夜に及んだ。『文藝春秋』1963年7月号に掲載されたその座談会記事を今回ふたたび皆さんにお目にかける。/聞き手・ 川本信正(スポーツ評論家)&菅沼俊哉(共同通信運動部長) この記事に登場する人物 遊佐幸平(ゆさこうへい)〈馬術〉 9回大会に出場

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