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【次原悦子】わたしのコロナ感染記|私がツイッターで感染を公表した理由

【次原悦子】わたしのコロナ感染記|私がツイッターで感染を公表した理由

文・次原悦子(サニーサイドアップ代表取締役社長) 「濃厚接触は確認されない」とCOCOAは表示 私の場合、昨年12月30日に味覚嗅覚がないことに気づきました。平熱でしたが、最速で予約の取れた民間の検査業者にPCR検査を申し込み、対応いただけたのが1月2日でした。そして検査キットの受け渡しが、なんと渋谷駅のハチ公前。コロナに感染しているかもしれないのに、人の多い場所に行っていいのかと心配になりました。赤い帽子をかぶったスタッフのかたからキットを受け取り、その場で自分の唾液を入

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【川上麻衣子】わたしのコロナ感染記|私はコロナを人に感染させてしまった

【川上麻衣子】わたしのコロナ感染記|私はコロナを人に感染させてしまった

文・川上麻衣子(女優) 川上氏 仕事をストップする勇気 私が新型コロナウイルスの脅威を意識したきっかけは、親交が深かった志村けんさんが感染して、昨年3月に亡くなったことです。人の命をあっけなく奪ってしまうウイルスなのだという恐ろしさを強烈に感じました。だからこそ、例えば撮影の現場でも、カメラが回っている間以外は常にマスクをつけるなどして気をつけていたつもりです。それなのに昨年11月に自分が感染したばかりか、一時の気の緩みから人に感染させてしまったことで大変な後悔をすること

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【梨田昌孝】わたしのコロナ感染記|死を覚悟した一カ月半

【梨田昌孝】わたしのコロナ感染記|死を覚悟した一カ月半

文・梨田昌孝(野球解説者) 梨田氏 「体温計が壊れている」 最初の異変は昨年3月25日の昼過ぎでした。倦怠感と関節の痛みを感じたので熱を測ってみると36度8分。その後も数日、熱は上がらなかったので、風邪気味かなというくらいに考えていました。5日目に熱が38度5分まで急に上がり、6日目には39度を超えました。私は家内に「体温計が壊れているようだ。新しいものを買ってきてくれ」と言ったそうです。 現役時代から怪我はしても、病気はしませんでした。日本ハムの監督をしていた2009

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【小川淳也】わたしのコロナ感染記|検査の遅れが生と死を分ける

【小川淳也】わたしのコロナ感染記|検査の遅れが生と死を分ける

文・小川淳也(衆議院議員) 小川氏 徒歩での1キロが辛い最初に症状が出たのは、11月16日月曜日のことです。地元、香川県で発生していた鳥インフルエンザの対策のため、厚生労働省と農林水産省の大臣と面会し、午後には国会内のジムで汗を流した後、議員宿舎に帰宅。そこまでは元気でした。 夕食後にだるさを感じ検温すると37度5分。早めに布団に入ったものの深夜にかけて熱は39度まで上がり、しんどさは増しました。 翌朝、都発熱相談センターに電話して、検査場所として指定されたのは宿舎か

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【佐山展生】わたしのコロナ感染記|少しでも異変を感じたら隔離を

【佐山展生】わたしのコロナ感染記|少しでも異変を感じたら隔離を

文・佐山展生(スカイマーク株式会社取締役会長) 佐山氏 家庭内感染を防ぐのは難しい 私は昨年末、新型コロナに感染したことで、この病気に対する認識が大きく変わりました。以前は「インフルエンザとの違いはどの程度なのかな」と漠然と考えていましたが、実際に体験するとまったく違う。 新型コロナの感染が拡大した当初から極力会食などはしないようにしていましたし、マスクや手指消毒などの対策を怠っていませんでしたので、感染経路はまず間違いなく家庭内感染でしょう。第2子出産のため一時的に同

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コロナに感染した“エボラの父”世界的ウイルス学者の悔恨

コロナに感染した“エボラの父”世界的ウイルス学者の悔恨

「慢心した私はウイルスに復讐された」。エボラウイルスを発見し、HIV研究の世界的権威でもある感染症学者が明かすCOVID-19と向き合い闘った日々。/文・ピーター・ピオット(ウイルス学者) <この記事のポイント> ●われわれはCOVID-19の長期的な影響、すなわち後遺症についてもっと理解する必要がある ●ウイルス研究は、理論よりも感染した人々が何を感じたのかが最も重要であると自らが患者になって気がついた ●感染症研究を続けてきて得た教訓は「Act early(早く行動を起

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