文藝春秋digital

短歌|井上法子

孤高 顔のない鴎がきみを連れてゆく夕まぐれ もう泣き止んでいる にんげんは自分をせいいっぱいに好き。母父(おもちち)の小火のような微笑み 水はひかりに追い詰められて耀けり(気がするだけの賢さだ、まだ) 夕映えにひそむさみどりおもかげはおぼつかなくてあまりに無力 記憶はいつだって好…

短歌|野口あや子

水煙草 見つめたるのちのあなたの目のゆらぎ 風に混じるがごとく光って 水煙草ゆっくり吸って吐き出せばうすもののごとたゆたう煙 クッションをいくつも積んで膝頭緩めて語る小説のこと ココナッツの炭をトングで返すときの短く切った爪のセクシャル ロングシャツ揺らがせなびかせ揺蕩わせまだど…

短歌|鈴木晴香

言ってしまえよ 青色のコンビニエンスストアへ花火を買いにずっと海沿い ライターの冷えてゆく夜じゃんけんをしないほうの手ぶらさげている ろうそくが溶ける はじめの一滴のそれはあまりに静かな合図 くちびるを離せば話すしかなくて夢中にならないように刺す釘 引き合いに出されることの悲しみ…

短歌|木下龍也

はな、ればなれ 染み込んだつゆに衣をうばわれる痩身の海老のように起床 空き缶の日の空き缶に早朝のごみ捨て場まで連れて行かれる こころっていつもからだについてきて歩行の邪魔をするからきらい 花を嗅ぐひとときだけは許されたような気持ちでマスクを外す くちづけのたびに明度は低くなりあな…

短歌|永田和宏

この夏の死 限りなくこの夏に死にしクマゼミのなかのひとつが地にもがきゐる この辺でもういいだらうと現(うつ)し身(み)の抜けたる痕(あと)が幹にすがれる 九〇万とふ死の数とほうもなき数の その数だけの悲しみをこそ “It's people, not number”テドロスの言葉はすでにとほく忘れつ 笑…

短歌 / 小島なお【全文公開】

Cコード 冷蔵庫に貼るマグネットM・Oは死者のイニシャル白葡萄の絵 使わなかった傘を手すりに引っ掛けて余計さみしくなるのに待てり そのなかに自分が入っているようなギターケースの黒革に雪 コードならCの和音の雪降りて曲線帯びる木々の輪郭 それぞれに在れど群れつつ剥き出しの心のような海猫…

短歌ーー東直子【全文公開】

赤い猫 車掌さん、車掌さん、と呼んでみる ガスの炎や煮えたぎる湯を 寿歌(ほぎうた)はひとりひとりの花野なり二両列車が遠くでひかる 昆布だしの泡動きつつ消えゆきぬ勝ち気な人が落ち着いている 赤い猫かわいがっていたよねとささやかれつつゆく隅田川 地下室と屋根裏部屋を感情がつなげて安…

短歌――山階基【全文公開】

餃子の夢 音楽は鳴り終えている起き抜けのぼやけた窓を雨はくすぐる 大ぶりなポストに缶を並べたら夜風にやられそうなパーティー 泣きながら打ち明けるときねこじゃらし引き抜くような手ごたえがくる いたずらと言っておんなじ水玉を穿いてきやがるでかい水玉 幼いきみはわたしのあとを夢らしく餃…

新天皇・雅子皇后の素顔「ご一緒に詠まれる歌」

陛下はお酒、雅子さまは生き物が大好き。ご出産秘話から御所の中の私生活まで……新天皇・皇后おふたりに接した人々が素顔を明かす。 文・篠弘(歌人)

短歌――山田航【全文公開】

レコードにくちづけ 軽音部は廃部になってマーシャルはいま校長の訓話を鳴らす 踊り場ですれ違うとき鳴る胸のビートがリズム無視してくるよ 4拍子8小節の4ターン、スパークするこの暗い小部屋が レコードにくちづけをしてミュートするDJ 花は煙草の匂い 暗闇と時間は部首が同じだな暗闇どっ…