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池の眺めと善悪|町田康

池の眺めと善悪|町田康

文・町田康(作家) 私方の庭の東側には池が掘ってあって、池には錦鯉が放してある。餌をほおってやると競ってこれを食らう。けれども水の中のことで動きがゆっくりしていて、あまり競っているように見えない。 そんなことで鯉は私方の池で平和に暮らしていたのだけれども、先日、この池に変が起きた。 すぐ側を流れる幾本もの渓川から無数の蝦蟇が押し寄せてきて池を埋め尽くしたのである。 そしてその振舞たるやまったく以て傍若無人で、元から居た鯉を押しのけて縦横無尽に泳ぎ回る。或いは底に沈んで

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森絵都さんが今月買った10冊の本

森絵都さんが今月買った10冊の本

語られない記憶 時々、飲み会の席などで「自分の人生は小説になる。ネタにしてもいいよ」みたいなことを言われることがあるけれど、今のところネタにさせてもらったことはない。真なる小説の種は、人々が秘して語らない記憶の中にこそ潜んでいる気がする。 長編小説『十の輪をくぐる』は、病を機に意識が朧になった母・万津子がひた隠しにしてきた過去を、58歳の息子・泰介が追う話だ。万津子の呟き「私は……東洋の魔女」は何を意味しているのか。若くして夫を亡くした彼女は、2人の幼子を抱えた身でなぜ寄

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どこかへ|角野栄子

どこかへ|角野栄子

文・角野栄子(作家) ここではないどこかへ行きたい――。ずっとそう思って生きてきたような気がする。80年あまりも。じゃ、どこへ行くの? それが決まってない。いつも「どこか」なのだ。でも、そこには何かがあるはず。それが見たい。「ここ」がすごく不満だというわけでもないのに、何故かいつも少し不安を抱えていた。その不安が足を前に動かしていたようにも思える。 5歳の頃から一人で遠出をしていた記憶がある。家は東京の外れ、小岩にあった。そこから区をまたいで柴又帝釈天までたびたび歩いた。

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朝井リョウ×遠野遥 “平成生まれ初”芥川賞&直木賞対談「新世代の看板を下ろすとき」

朝井リョウ×遠野遥 “平成生まれ初”芥川賞&直木賞対談「新世代の看板を下ろすとき」

2009年、20歳で『桐島、部活やめるってよ』で小説家デビューした朝井リョウ氏は、13年に就職活動中の大学生を描いた『何者』で第148回直木賞を受賞する。選考委員の一人である宮部みゆき氏はその執筆姿勢を、「大きな勇気と人間の善意を信じる寛容な想像力がないとできない。この若さでそれができることに感嘆しました」と称賛した。 遠野遥氏は、19年に第56回文藝賞を受賞しデビュー。昨年には2作目『破局』で、28歳にして第163回芥川賞を受賞した。公務員試験の勉強をしながらラグビーとセ

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森絵都さんが今月買った10冊の本

森絵都さんが今月買った10冊の本

「自由」の概念 マスクを巡る論争が続いているけれど、欧米の各地で「マスクをしない自由」を訴えるデモが起こるたび、正直、私は不思議に思っていた。たかがマスクなのに、と。あんなに小さくて薄っぺらいものに拳をふりあげて断固拒否するほどの「不自由」がついてまわるのだろうかと疑問だった。 ノンフィクション本『戦争の歌がきこえる』は、そんな折、私に新しい視座を与えてくれた一冊だ。音楽療法士の著者が米国での体験を元に綴った本書の第一章にはこんな一文がある。〈言論の自由、報道の自由、集会

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赤川次郎さんのオヤジの話。

赤川次郎さんのオヤジの話。

著名人が父親との思い出を回顧します。今回の語り手は、赤川次郎さん(作家)です。 ひとかけらの記憶  小学3、4年生のころだったと思う。当時東映の教育映画部長だった父について、日光へロケを見に行った。古い木造校舎と校庭での撮影を眺めていると、カメラマンから、 「坊ちゃん、ちょっと出てみませんか?」  と声をかけられ、私はびっくりして逃げ出してしまった。  私と、父、赤川孝一との直接の思い出は、これだけである。  戦争中、満州映画協会で甘粕正彦理事長の側近だった(その

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新天皇・雅子皇后の素顔「人名記憶力に驚嘆した」――藤原正彦

新天皇・雅子皇后の素顔「人名記憶力に驚嘆した」――藤原正彦

陛下はお酒、雅子さまは生き物が大好き。ご出産秘話から御所の中の私生活まで……新天皇・皇后おふたりに接した人々が素顔を明かす。 文・藤原正彦(作家)

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