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土蔵の再建|冷泉貴実子

土蔵の再建|冷泉貴実子

文・冷泉貴実子(冷泉家25代夫人) 京都御所の北、今出川通をはさんで冷泉家はある。ここに移って来たのは慶長11年(1606)、400年前のことだ。 秀吉は応仁の乱で荒廃した京の街を再編成し、聚楽第を築き、大仏を造営した。その一環で天皇の住居、すなわち御所を整備し、その周辺に乱を避けて全国に散り散りになっていた貴族の末裔、この時代には公家と称した家々を呼び戻し、公家町を形成した。この事業は家康にも引き継がれ、上京には内裏を囲むように、公家屋敷が建ち並んだ。冷泉家もこの流れの

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