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#日本の地下水脈

保阪正康 日本の地下水脈18  「議会政治の誕生と死」

議会への無理解が「政治的無関心」の源流にある。/文・保阪正康(昭和史研究家)、構成:栗原俊雄(毎日新聞記者) 保阪氏 「どうせ選挙に行ったって」 10月31日に投開票がおこなわれた第49回衆議院選挙は、戦後3番目に低い投票率(55.93%)となった。選挙前の4年間、公文書の改ざんや政治とカネの問題など、スキャンダルが相次いだが、それでもなお与党が勝利したのである。 事前の予想とは逆に、最大野党の立憲民主党は無残に敗北した。敗因は、政治の門外漢である筆者にも充分想像がつく

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保阪正康 日本の地下水脈17 「五箇条の御誓文と日本型民主主義」

昭和天皇が引用した御誓文の中には日本固有のデモクラシーの原型がある。/文・保阪正康(昭和史研究家)、構成:栗原俊雄(毎日新聞記者) 保阪氏 日本型デモクラシーとは何か? 「日本の民主主義の危機」を訴えて登場した岸田文雄政権が、総選挙を経て本格的に動き始めた。この約10年間、安倍晋三・菅義偉両政権の独善的な政権運営が、社会の分断をもたらした面があることは否めない。 だが、そもそも「日本の民主主義」とは何なのか?――この点は、岸田首相の呼びかけからは全く見えてこない。 戦

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保阪正康 日本の地下水脈16「純潔の革命家・西郷隆盛」

その精神性の高さゆえに庶民に愛され、軍事指導者に悪用されてきた人物の実像。/文・保阪正康(昭和史研究家)、構成:栗原俊雄(毎日新聞記者) 保阪氏 「昭和の文化大革命」前回、「皇紀2600年」に当たる昭和15(1940)年が、日本社会の重大な転回点であることを指摘した。この年は日本におけるファシズム体制が確立した時期であるが、明治維新後の日本社会に脈々と流れていた「攘夷の地下水脈」が、まさに奔流となって社会の表舞台に噴出した時期であると解釈できる。 だが、攘夷の地下水脈が

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皇紀2600年という転回点|保阪正康『日本の地下水脈』

昭和15年、攘夷の地下水脈の噴出で、日本は後戻りできない道に踏み出した。/文・保阪正康(昭和史研究家)、構成:栗原俊雄(毎日新聞記者) 保阪氏 ファシズム体制が確立した年 今、日本の政治状況は混迷そのものである。菅義偉政権は専門家集団の警告を振り切って、五輪開催を強行した。その結果、緊急事態宣言の効果は無きに等しく、感染拡大に歯止めがかかっていない。本来なら入院すべき患者が、病床不足で入院できず、医療を受けられぬまま自宅で次々と亡くなっている。明らかに菅首相の判断ミスが続

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国家社会主義化した日本経済|保阪正康『日本の地下水脈』

資本主義の本質が誤解された日本社会では財界人を狙ったテロが頻発するようになる。/文・保阪正康(昭和史研究家)、構成:栗原俊雄(毎日新聞記者) 保阪氏 国家=軍事が先導する資本主義江戸時代の日本の経済秩序は、それぞれの「藩」のなかで完結していた。各藩がそれぞれ独自の法体系を持ち、原則としてその藩内だけで通用する藩札を発行していた。 しかし欧米列強に倣う帝国主義国家を新しい国家像のモデルとした明治新政府は、藩を廃止して中央集権を推し進めた。列強に伍する軍事力と経済力を持つた

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「軍事先導」の資本主義|保阪正康『日本の地下水脈』

後発帝国主義国家の日本は、軍の発展を優先した。そして「営利活動としての戦争」へと傾斜してゆく。/文・保阪正康(昭和史研究家) 構成:栗原俊雄(毎日新聞記者) 保阪氏 なぜ日本型雇用のシステムは続くのか明治維新以降の近代を振り返る本連載では、これまで政治や思想の流れを見てきた。今回は趣向を変え、近代の日本経済と財界人に流れる地下水脈を中心に見ていきたい。 日本人の雇用形態はかなり変わってきたとはいえ、新卒入社した会社で定年まで働く終身雇用制が現在も主流である。年功序列の賃

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「転向」ではない「自己変革」の近現代史|保阪正康『日本の地下水脈』

「転向」というレッテル貼りではなく、「自己変革」という観点から、あらためて近現代史を振り返る。/文・保阪正康(昭和史研究家) 構成:栗原俊雄(毎日新聞記者) 「転向」の後ろ暗いイメージ 大正時代後期から昭和初期にかけて、共産主義勢力に対する弾圧は苛烈を極めた。そうした状況下の昭和8(1933)年、共産党幹部の佐野学と鍋山貞親が獄中から「共同被告同志に告ぐる書」を発表した。いわゆる転向声明文である。 共産党はコミンテルンの指導を受け、天皇制の打倒を目指していた。しかし佐野と

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保阪正康『日本の地下水脈』|共産主義者と「攘夷の水脈」

ソ連から流れ込んだマルクス主義に知識人層は感電する。ところが——。/文・保阪正康(昭和史研究家)、構成:栗原俊雄(毎日新聞記者) 保阪氏 左翼の源流大正7(1918)年に設立された結社「老壮会」には、国家主義者からアナーキストまで、あらゆる思想家たちが集い、活発な議論がおこなわれた。老壮会の活動はわずか4年ばかりであったが、日本の地下水脈の合流点となり、そこからまた新たな思想が分流していった。 前回までは、老壮会に集まった国家主義者たちのその後を追い、彼らの思想が昭和初

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保阪正康「日本の地下水脈」|国家主義者たちの群像

北一輝や大川周明らの思想に感電した青年将校は「昭和維新」に突き進むが……。/文・保阪正康(昭和史研究家)、構成・栗原俊雄(毎日新聞記者) 保阪氏 老壮会以降の右派 明治維新から50年余が過ぎた大正中期、日本社会は曲がり角に直面していた。 第1次世界大戦で日本は戦勝国となり、国際連盟の常任理事国として列強の一角に加わった。だが、国内では富国強兵政策の矛盾が露呈していた。工業化が急速に進む一方、公害などの都市問題が顕著になった。都市と農村の経済格差も深刻化した。大戦末期の大

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「老壮会」という水脈合流点|保阪正康『日本の地下水脈』

アナーキストから右翼までが大同団結した結社が、大正中期の日本には存在していた。/文・保阪正康(昭和史研究家)、構成:栗原俊雄(毎日新聞記者) 保阪氏 右翼と左翼の勉強会大正8(1919)年から10年は、近代日本の分岐点であった。維新後の政治体制が、この頃から形を変えていくことになる。その背景には以下のような出来事があった。 (1)第一次世界大戦の終結(世界秩序の解体と再編成) (2)ソ連共産主義体制の成立(プロレタリア革命の可能性) (3)新しい形のナショナリズム(

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菅義偉政権が知らない「パージ」の近現代史|保阪正康

昭和史研究家の保阪正康が、日本の近現代が歩んだ150年を再検証。今回のテーマは「パージ」。歴史を振り返ると、政府に批判的な人物の追放には、ある方程式があった。/構成・栗原俊雄(毎日新聞記者) <この記事のポイント> ●日本学術会議の任命拒否の件は、近現代史を振り返ると、政府による「パージ(追放)」と位置付けるべき ●「滝川事件」「天皇機関説事件」という2つの事件を振り返ることで学ぶべきことがある ●政府が気に入らない人物を排除する場合には方程式がある。「権力者→扇動者→攻撃

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保阪正康『日本の地下水脈』|「反体制運動の源流」

昭和史研究家の保阪正康が、日本の近現代が歩んだ150年を再検証。歴史のあらゆる場面で顔を出す「地下水脈」を辿ることで、何が見えてくるのか。今回のテーマは「反体制運動の源流」。対露強硬派が支持を集める一方、社会主義運動は弾圧され、地下水脈化してゆく——。/構成・栗原俊雄(毎日新聞記者) 保阪氏 三国干渉の衝撃 前回まで見たように、維新で誕生した明治政府は当初から西欧のような帝国主義国家としての道を主体的に目指していたわけではなかった。列強の侵略から日本を守るために場当たり的

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「天皇の武装化」は明治の騒乱の中で進められた|保阪正康

昭和史研究家の保阪正康が、日本の近現代が歩んだ150年を再検証。歴史のあらゆる場面で顔を出す「地下水脈」を辿ることで、何が見えてくるのか。今回のテーマは「武装する天皇制」。日清戦争を機に主体的な帝国主義の道を歩み始めた日本。その陰に「睦仁」の葛藤があった。/文・保阪正康(昭和史研究家)、構成:栗原俊雄(毎日新聞記者) 保阪氏 敗戦まで続いた天皇の武装化 江戸時代の265年間、日本は対外侵略戦争を経験していない。天皇は権威を保ってはいたが、権力は握っておらず、したがって武力

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保阪正康『日本の地下水脈』|無自覚的帝国主義からの出発

昭和史研究家の保阪正康が、日本の近現代が歩んだ150年を再検証。歴史のあらゆる場面で顔を出す「地下水脈」を辿ることで、何が見えてくるのか。今回のテーマは「無自覚的帝国主義からの出発」。明治政府はいかにして帝国主義国家としての主体的意思をもつようになったのか?/構成:栗原俊雄(毎日新聞記者) 保阪氏 欧米列強とは異なるプロセス幕末から明治維新、大日本帝国憲法の制定に至る20余年間、どのような国家を建設するのかをめぐって熾烈な主導権争いが行われた。前回見たように、この期間には

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