文藝春秋digital

保阪正康『日本の地下水脈』|共産主義者と「攘夷の水脈」

保阪正康『日本の地下水脈』|共産主義者と「攘夷の水脈」

ソ連から流れ込んだマルクス主義に知識人層は感電する。ところが——。/文・保阪正康(昭和史研究家)、構成:栗原俊雄(毎日新聞記者) 保阪氏 左翼の源流大正7(1918)年に設立された結社「老壮会」には、国家主義者からアナーキストまで、あらゆる思想家たちが集い、活発な議論がおこなわれた。老壮会の活動はわずか4年ばかりであったが、日本の地下水脈の合流点となり、そこからまた新たな思想が分流していった。 前回までは、老壮会に集まった国家主義者たちのその後を追い、彼らの思想が昭和初

スキ
10
「老壮会」という水脈合流点|保阪正康『日本の地下水脈』

「老壮会」という水脈合流点|保阪正康『日本の地下水脈』

アナーキストから右翼までが大同団結した結社が、大正中期の日本には存在していた。/文・保阪正康(昭和史研究家)、構成:栗原俊雄(毎日新聞記者) 保阪氏 右翼と左翼の勉強会 大正8(1919)年から10年は、近代日本の分岐点であった。維新後の政治体制が、この頃から形を変えていくことになる。その背景には以下のような出来事があった。 (1)第一次世界大戦の終結(世界秩序の解体と再編成) (2)ソ連共産主義体制の成立(プロレタリア革命の可能性) (3)新しい形のナショナリズ

スキ
9