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#長嶋茂雄

『文藝春秋digital』2022年6月ラインナップ

■会員限定イベント●6月8日(水) ・新庄剛志「薬物使用」の過去 抜き打ち検査で「陽性」も、詳細は伏せられ、その年に引退―― 鷲田康(ジャーナリスト)+本誌取材班 ●6月10日(金) ・プーチンが最も殺したい男の告白 M・ホドルコフスキー(オリガルヒ・石油会社「ユコス」元代表)「ウクライナ侵攻は彼の個人的な動機から始まった」 ・「性暴力」私は負けなかった 卜田素代香(仮名)「暴行後『証拠が残るからシャワーを』と男が強いてきました」 ・新連載 外事警察秘録②「日本赤軍との闘い

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長嶋茂雄初告白「天覧試合」秘録 陛下と皇后さまの姿を見た時、「野球をやっていてよかった」と 鷲田康(ジャーナリスト)

文・鷲田康(ジャーナリスト) プロ野球がスポーツ振興の土台だった2021年11月3日。皇居・宮殿で文化勲章の親授式が行われ、巨人軍終身名誉監督・長嶋茂雄ら6人の出席者に天皇陛下から直接、勲章が贈られた。 当日、親授式に同席した長嶋の次女・三奈が取材に答えたところによると、陛下は長嶋に「野球を長い間やってこられたので、良かったと思います。実際に私も野球の経験があるので嬉しいです」と親しく語りかけたという。 実は陛下と長嶋には野球を巡りちょっとした縁がある。 陛下は子供時

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長嶋茂雄 「ディマジオになれ」 松井秀喜 100周年記念企画「100年の100人」

日本のプロ野球界が生んだ最大のスター長嶋茂雄(85)。松井秀喜氏は巨人軍在籍時代、素振りの特訓を受け、打撃を開花させた。/文・松井秀喜(元プロ野球選手) 松井さん 20年間におよんだプロ野球生活で、わたしがいちばん印象に残るのは、“監督”長嶋茂雄さんに見守られながら素振りをした貴重な時間です。場所はホームゲームなら東京ドーム、遠征先ならホテルのスイートルーム。スランプに陥った時は試合後に大田区田園調布のご自宅。ご自宅の地下には“監督”が選手時代に鬼の形相でバットを振った素

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長嶋茂雄「東京五輪のアスリートたちへ」競技場で気兼ねはいらない! スポーツには人間を感動させる力がある

取材・構成=鷲田康(ジャーナリスト) 「競技場では気兼ねはいらない!」「新型コロナウイルスは、世界中の政治や経済を混乱に陥れてきました。そして、このたびは我々の夢と希望である東京オリンピック・パラリンピックを前例のない、新しい様式へと変化させようとしています。 しかしながら出場するアスリートの皆さんには、この混乱に動じることなく、日頃の成果を思う存分、出し切って欲しいと思っています。日の丸を背負っているという誇りを忘れずに、大会までの残されたわずかな日々を競技活動に打ち込

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ミスターが感じた「銅メダルの重み」|短期集中連載「長嶋茂雄と五輪の真実」最終回

短期集中連載「長嶋茂雄と五輪の真実」の最終回。悲願の金メダルではなかったが──。苦痛で一瞬、顔が歪んだ。/文・鷲田康(ジャーナリスト) ※第2回を読む。 エースを襲ったアクシデント 「思ったよりボールが(自分の身体の)内側に入って目を離してしまいました」 西武・松坂大輔はその瞬間をこう振り返った。 2004年8月17日。アテネ五輪野球の日本代表は、アテネ郊外にあるエリニコ・オリンピック・コンプレックス内のメイン球場で、金メダルへの最大のライバルとなるキューバとの試合を

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脳梗塞──ミスターが託した日の丸|連載「長嶋茂雄と五輪の真実」#2

短期集中連載「長嶋茂雄と五輪の真実」の第2回。日の丸には、細いサインペンで「3」という数字が記されていた——。/文・鷲田康(ジャーナリスト) ※第1回を読む 緊急入院した長嶋茂雄 2004年3月4日、アテネ五輪野球日本代表監督の長嶋茂雄は東京・大田区田園調布の自宅で倒れ、新宿区河田町にある東京女子医大病院に緊急入院した。 日本代表ヘッドコーチの中畑清がその一報を聞いたのは、知り合いのスポーツ紙記者からの電話だった。 「大変なことが起こりました。長嶋さんが倒れて入院した

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長嶋茂雄「これが日の丸のプレッシャーか」|「長嶋茂雄と五輪の真実」#1

史上初オールプロのドリームチーム。監督はミスター以外考えられなかった——。短期集中連載「長嶋茂雄と五輪の真実」の第1回。/文・鷲田康(ジャーナリスト) <summary> ▶︎「監督は長嶋しかいないだろう」。2004年アテネ五輪に向けた史上初のオールプロによる“ドリームチーム”結成の流れの中で、こんな声が最初に出てきたのは、実はアマチュア球界の関係者からだった ▶︎「長嶋さんと一致したのは、宮本をキャプテンにして宮本を軸にしたチームを作ること。それと城島を4番にして打線の核

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