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文藝春秋digital

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#文藝春秋2020年11月号

『文藝春秋digital』2022年6月ラインナップ

■会員限定イベント●6月8日(水) ・新庄剛志「薬物使用」の過去 抜き打ち検査で「陽性」も、詳細は伏せられ、その年に引退―― 鷲田康(ジャーナリスト)+本誌取材班 ●6月10日(金) ・プーチンが最も殺したい男の告白 M・ホドルコフスキー(オリガルヒ・石油会社「ユコス」元代表)「ウクライナ侵攻は彼の個人的な動機から始まった」 ・「性暴力」私は負けなかった 卜田素代香(仮名)「暴行後『証拠が残るからシャワーを』と男が強いてきました」 ・新連載 外事警察秘録②「日本赤軍との闘い

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ほどよく離れて|小島慶子

著名人が母親との思い出を回顧します。今回の語り手は、小島慶子さん(エッセイスト・タレント)です。 ほどよく離れてお互いに良くしてあげたいと思っていても、近くにいるとしんどいので、適度に離れている方が良い関係というのがあります。母と私はそれです。占い好きな母に言わせればそれは私が一白水星で母が九紫火星の「正反対の星」だからで、占いに不誠実な私に言わせればそれは母の思い込みが激しくて、他者を持たないからです。 母は11歳の内気で無邪気な少女のまま大人になったような人で、想像と

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わたしはわたし|東山彰良

著名人が父親との思い出を回顧します。今回の語り手は、東山彰良さん(作家)です。 わたしはわたし両親が広島大学に留学していたせいで、台北の祖父母の家に5歳まで預けられていた。 そのせいだろう、どんなに記憶の底をさらってみても、そのころの父に関する記憶がない。父のことで思い出せるいちばん古い記憶は、私たちが広島にいたときのものだ。日本へ引き取られたあと、私と妹は広島大学にほど近い保育園に入れられた。送り迎えはたいてい母がしていたのだが、その日はたまさか父が迎えに来てくれた。父

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スターは楽し 三國連太郎|芝山幹郎

三國連太郎 写真:共同通信社 快楽の記憶を上書きする人1960年代の後半、私が青二才だったころ、三國連太郎は「狂気と妖怪」の代名詞で、「悪徳」や「猛毒」の権化だった。野性や謎や色気という言葉を口にするたび、彼の名はいつも引合いに出された。『飢餓海峡』、『にっぽん泥棒物語』(ともに1965)、『神々の深き欲望』(1968)といった濃密な作品が立て続けに公開された時期のことだ。 三國連太郎は、若者のあこがれだった。畏怖の対象でもあり、少し離れた場所から見ていたい年長者だっ

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本郷恵子さんの「今月の必読書」…『テレビの荒野を歩いた人たち』

「面白そう」「やっちゃえ」黎明期を知るレジェンドたちの証言かつてテレビが生活の中心だった時代があった。テレビは未知の世界に通じる窓で、新しいこと・楽しいこと・素晴らしいことがいっぱい詰まった魔法の箱だった。1953年2月にNHKが本放送を開始、8月には日本テレビが最初の民放テレビ局として開局、シャープの量産第1号テレビの価格は17万5000円(当時の国家公務員の大卒初任給が7650円)と、とんでもなく高価だったという。本書には、全くの手探りの時代からテレビの仕事に携わり、道な

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詩|銀色夏生

草陰もう少しだけ見ていたい あなたの姿 あなたの話すこと あなたはどういう人で 何をしようとしているのか あなたは私をどうしたいの 私はあなたをどうしたいの あなたを知ろうと思うことはきっと 私をもっと知ることになる だから怖いことだけど そうしたいと思ったの (2020年11月号)

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俳句|柚木紀子

火と人とより 内外(うちと)のひかり 凍(い)つる雲 冬北斗 乳子(ちご)われ乳子生み 乳房失(う)し うたふ薔薇 匍匐(ほふく)の蜂や 秋まひる 火映(くわえい)火口上空 晨夜(しんや) しくらめん 「老人と森」と謳(うた)はな 緑夜なる 蹤(つ)いてゆく 光の化身 霧氷林(むひようりん) 雹(ひよう)にて候(さうら)ふや 胎(たい)の子が躍る (2020年11月号)

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短歌|永田和宏

この夏の死限りなくこの夏に死にしクマゼミのなかのひとつが地にもがきゐる この辺でもういいだらうと現(うつ)し身(み)の抜けたる痕(あと)が幹にすがれる 九〇万とふ死の数とほうもなき数の その数だけの悲しみをこそ “It's people, not number”テドロスの言葉はすでにとほく忘れつ 笑はせてなんぼと今朝もテレビには学者らがゐてにぎやかに笑ふ そこの君内職するのやめなさい WEB講義で言つてはいけない 歌人として期待されゐる場面だと知りつつ意固地に無言

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保阪正康『日本の地下水脈』|「反体制運動の源流」

昭和史研究家の保阪正康が、日本の近現代が歩んだ150年を再検証。歴史のあらゆる場面で顔を出す「地下水脈」を辿ることで、何が見えてくるのか。今回のテーマは「反体制運動の源流」。対露強硬派が支持を集める一方、社会主義運動は弾圧され、地下水脈化してゆく——。/構成・栗原俊雄(毎日新聞記者) 保阪氏 三国干渉の衝撃 前回まで見たように、維新で誕生した明治政府は当初から西欧のような帝国主義国家としての道を主体的に目指していたわけではなかった。列強の侵略から日本を守るために場当たり的

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「こんなはずじゃなかった」とボヤいた菅首相の“党内基盤の弱さ”

早期解散か、都議選ダブルか——。「解散するなら今でしょ!」。好条件が揃う中でも菅は早期解散に踏み切らない。高支持率でスタートした新政権の内憂外患。/文・赤坂太郎 「こんなはずじゃなかった」 ひとつの妖怪が永田町を徘徊している。「解散風」という妖怪が——。 マルクスらが生んだ共産主義という妖怪は資本主義が進んだ西欧では根付かず、皮肉にも資本主義が未発達のロシアに落着した。一方、衆院解散時期を巡り種々の思惑が交錯する永田町で、解散権を持つ菅義偉首相は妖怪をどこに落着させるのか

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内モンゴルが危ない|藤原正彦「古風堂々」

文・藤原正彦(作家・数学者) モンゴル草原はゴビ砂漠で南北に二分され、北は外モンゴル、南は内モンゴルと呼ばれる。17世紀末にはともに清国の支配下となったが、外モンゴルはソ連の衛星国ながら1924年にモンゴル人民共和国として独立した。冷戦終了後には現在の民主主義国、モンゴル国となった。 一方の内モンゴルは、中国に隣接するという不運のため、茨の道を歩むこととなった。満州国成立時には東半分が満州国に吸収され、終戦まで13年間ほど日本の支配下となった。戦後は米英ソによるヤルタ協定

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日本語探偵 【な】「なるほど」が失礼という困っちゃう意見|飯間浩明

国語辞典編纂者の飯間浩明さんが“日本語のフシギ”を解き明かしていくコラムです。 【な】「なるほど」が失礼という困っちゃう意見 NHKFMの松尾貴史(まつおたかし)さんの番組に出演、2時間近くにわたって日本語談義を楽しみました。その中で松尾さんから聞かれました。「『なるほど』という相づちを目上に使うのは失礼かも、という意見が、最近ありますね」 確かに、あります。ネットなどでよく目にするようになった意見です。「なるほど」を多用する私としては、まことに困っちゃう意見でもあります

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失言の効用|塩野七生「日本人へ」

文・塩野七生(作家・在イタリア) 安倍首相に代わるのは菅官房長官で決まりらしい、との情報は受けていたので菅氏の登場には驚かなかったが、新総理は誰を官房長官に指名するのかには関心を刺激された。首相にとっての官房長官くらい、重要な協力者もないのだから。それで想像を愉しむ気になったのだが、私だったら河野太郎にするだろう。理由は2つ。 第一に、今の日本だからこそ、カラッと明るいキャラが求められること。首相と官房長官という官邸トップの2人ともが湿っぽいと、政府全体まで湿っぽい感じに

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片山杜秀さんの「今月の必読書」…『マーシャル・プラン 新世界秩序の誕生』

帰りたかったのに、帰れなかった米国米国は帰りたかった。第二次世界大戦が済んだ欧州から一刻も早く手を引きたい。建国以来そういう国なのだ。本書は1796年秋のワシントン大統領の辞任演説から始まる。彼は言った。米国は欧州とあまりに異質なので、関わらない方がよいと。大戦の当初、米国民の態度はワシントンを踏襲していた。ヒトラーと戦うべきと考えた米国民はわずか3パーセントだったという。 雰囲気を一変させたのは「真珠湾の騙し討ち」。米国民は日独伊に怒った。米国は参戦して勝ち、すぐ帰ろうと

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