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#文藝春秋2020年12月号

佐藤優のベストセラーで読む日本の近現代史 『政治的なものの概念』カール・シュミット

「友・敵理論」で日本学術会議問題を読み解く日本学術会議が推薦した会員候補6人が菅義偉首相によって任命されなかった問題は、政争の具になってしまった。この問題が、日本学術会議と首相官邸の間で、閉ざされた扉の中で静かに話し合われたならば、軟着陸は可能だったと思う。現に2016年と17年の人事に関しては、日本学術会議の大西隆会長(当時)が首相官邸幹部とよく言えば大人の交渉、悪く言えば「ボス交」を行うことで軟着陸した経緯がある。 今回それができなかったのは、本件が10月1日の日本共産

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母とエリザベス女王|リシャール・コラス

著名人が母親との思い出を回顧します。今回の語り手は、リシャール・コラスさん(シャネル合同会社会長)です。 母とエリザベス女王 母は父と同じ南仏プロヴァンスのオランジュという小さな町で生まれ育った。幼ななじみのふたりは戦争で離ればなれになったが、数年後にパリで偶然再会。結婚して私と妹が生まれた。 とにかく母はタフ。若いころに病気で片方の肺を失いながら、毎日プールで1キロは泳いでいた記憶がある。 「人に頼らず、自分の人生は自分で切り開く」が口癖。家族で10年過ごしたモロッコ

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父親のこと|鴻上尚史

著名人が父親との思い出を回顧します。今回の語り手は、鴻上尚史さん(作家・演出家)です。 父親のこと去年の12月、父親は亡くなった。 故郷の「サービス付き介護住宅」という所が父親の最後の住処になった。 折りを見ては帰省し、父親を尋ねた。「何か欲しいものはない?」と聞くと、「小説と寿司」と答えた。『ハリー・ポッター』も『ナルニア国物語』も『指輪物語』も『宮本武蔵』も『坂の上の雲』も『竜馬がゆく』も、父親は熱心に読み続けた。 寿司は、回転寿司のお土産用のものだったが、父親は

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東京とローマの間で|「日本人へ」塩野七生

文・塩野七生(作家・在イタリア) スマートワーキングと呼ぼうが何と言おうが、作家の仕事はもともとからして一人でやるので、コロナ騒ぎは関係ないはずなのである。書き終った原稿を送れば本になるだけならば、地球の裏側に居ようとできる。ところが私には、出版社側から見れば相当に不都合なクセがあるのだ。 それは、本文だけではなく地図や写真を加えることで初めて「作品」になると考えていることで、だから、原稿を書きあげればそれで終りにはならず、表紙から始まってすべてに私が口を出すことになる。

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目覚めた美声|藤原正彦「古風堂々」

文・藤原正彦(作家・数学者) 小学6年生の時、合唱コンクールに向けた学校代表の合唱団に選ばれた。6人に1人の狭き門に私が入ったので、級友は驚き私も驚いた。誰より甲高い早口の私は低い声がまったく出ず、歌とは無縁だったからである。父はよく風呂で抑留生活を思い出しながら「異国の丘」を歌ったり、「白い花の咲く頃」や「誰か故郷を想わざる」を郷愁たっぷりに歌っていた。歌が好きだったが、ひどく調子っぱずれでもあった。自らの実力を知る母はめったに歌わなかった。まれに口ずさむと家族が吹き出す

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“京大卒の医師”はなぜ放浪の果てにタイ森林派の僧侶になったのか

ヨーロッパを代表する僧院で修行する日本人僧侶、アチャン・ニャーナラトー。彼が多くの人を引きつける理由とは。/文・佐々涼子(ノンフィクション作家) <この記事のポイント> ●アチャン・ニャーナラトーは、本名は中尾茂人といい、イングランド南東部チルターンヒルズにある「アマラワティ僧院」で修行する日本人僧侶 ●ニャーナラトーは、京都大学出身。医師免許を取得しながらも、アジア諸国を放浪の末にタイ森林派の寺に辿り着いた ●定期的に日本に帰国して、各地で瞑想指導や法話を行うニャーナラト

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同級生交歓|函館ラ・サール高等学校 昭和45年卒

人の一生を左右するのは校風か、学歴か、友人か。意外な組み合わせ、納得の顔ぶれが並ぶ“誌上同窓会”。「文藝春秋」の名物グラビア企画です。 東京都港区 料亭赤坂浅田にて(撮影・山元茂樹) (右から) 弁護士 菊地裕太郎 日本医師会会長 中川俊男 AGE牧田クリニック院長 牧田善二我われ3人は50年前、第8期生として函館ラ・サール高等学校を卒業した。もっとも、8期生だけは学園紛争によって授業ができないとして3年生の12月から冬休みを言い渡され、卒業式すら行われなかった。荒れた学

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建築家・重松象平が明かす「フェイスブックの都市計画」

news zeroメインキャスターの有働さんが“時代を作った人たち”の本音に迫る対談企画「有働由美子のマイフェアパーソン」。今回のゲストは建築家の重松象平さんです。 <この記事のポイント> ●重松氏はいま世界で注目の建築家。CCTV(中国中央電視台)とフェイスブックの新オフィス建設計画という現代を象徴する“両極”の仕事をやっている ●コロナ後は、「都市の自由」を演出する建物が求められるようになる ●都市の形骸化を防ぐために重松氏が注目しているのは「食」。食と都市を繋げたいと

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同級生交歓|愛光学園 昭和54年卒

人の一生を左右するのは校風か、学歴か、友人か。意外な組み合わせ、納得の顔ぶれが並ぶ“誌上同窓会”。「文藝春秋」の名物グラビア企画です。 東京都千代田区 三井物産本社にて(撮影・深野未季) (右から) トーヨー・ロジテック代表取締役社長 西岡斉前 財務事務次官 岡本薫明 総務審議官 谷脇康彦 三井物産代表取締役社長 安永竜夫 日本テレビ放送網常務 玉井忠幸我らが母校愛光学園のある愛媛県松山市は、夏目漱石の「坊っちゃん」の舞台として知られている。小説の中では、主人公があきれる

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【最終回】英エコノミスト誌記者「イラン幽囚記」

「友人は『トラウマを抱えた人質』と呼んだが、むしろ私は、単純にテヘランでの生活を楽しんだ」/文・ニコラス・ペルハム(英エコノミスト誌中東特派員) ペルハム氏 最大のユダヤ教社会へしかし私は行かなかった。午後1時までペルシア語教室があったからだ。また、礼拝に行くことの危険性を感じたからだった。とりあえず眼鏡を新調するための「調査」を継続することにした。 すると同じ通りに、今まで気づくことのなかった扉があることを発見した。入口をくぐり、階段を2階まで上った。色彩の施された巨

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同級生交歓|千代田区立九段中学校 昭和42年卒

人の一生を左右するのは校風か、学歴か、友人か。意外な組み合わせ、納得の顔ぶれが並ぶ“誌上同窓会”。「文藝春秋」の名物グラビア企画です。 東京都千代田区 九段中等教育学校にて(撮影・橋本篤) (右から) テレビ東京HD会長 小孫茂 声楽家 鮫島有美子小孫さんが報道の世界で活躍していることは耳にしていた。私は声楽の道に進み、上皇上皇后両陛下の御作品にも関わらせていただいている。そんな2人が母校前で半世紀ぶりに再会したとたん、同じ感想をもらした――「この坂、きつかったよねぇ」。

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〈泥縄だったけど、結果オーライ〉民間臨調が検証した「2020年のコロナ対策」

なぜ日本は死者数を低く抑えられたのか? その内実は泥縄式対応の連続だった。「民間臨調」が総括した「日本モデル」の虚構と真実とは——。/船橋洋一(アジア・パシフィック・イニシアティブ理事長) <この記事のポイント> ●今回の日本のコロナ対策について、官邸スタッフは「泥縄だったけど、結果オーライだった」と証言しており、「再現性」はない ●その一方で、官邸と専門家の間での「科学と政治の協業作業」は機能したといえる ●「日本モデル」を自作自演の「成功物語」にさせないことが大切だ

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日本の顔|原研哉(デザイナー)

原研哉(はらけんや・デザイナー) 「直感で跳んで、論理で着地する」 理想のデザインの在り方をそう表現する原研哉(62)。「無印良品」をはじめ、企業や商業施設のブランドビジュアルを数多く手掛ける。「技術」ではなく「理」からデザインを導く。シャープペンシルで描く線は、思考の輪郭を浮かび上がらせる影のようだ。著作も数多い。 「デザイナーなのに、なぜ書く仕事をするのかと言われますが、デザインというのは、物事の本質を見つめて可視化すること。哲学者こそデザインをするべきです」

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蓋棺録<他界した偉大な人々>

偉大な業績を残し、世を去った5名の人生を振り返る追悼コラム。 ★筒美京平 作曲家の筒美京平(つつみきようへい)(本名・渡辺栄吉)は、時代への感覚を研ぎ澄まし日本のポップミュージックをリードした。 訃報がメディアを駆けまわり、筒美が作曲した歌が次々に流れると、熟年以上の日本人は、そのメロディの多彩さに驚いた。同時に多くの曲が、自分の若かった日々の「バックミュージック」だったことに気づいた。 1940(昭和15)年、東京の神楽坂に生まれる。母の影響で霊南坂幼稚園に通っている

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