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西川美和 ハコウマに乗って⑧|スウィングきらり

西川美和 ハコウマに乗って⑧|スウィングきらり

スウィングきらりなんにせよスポーツについて考える機会の多い夏だったが、私は先日、野球選手を目指す小学6年生という設定で、一人の少女をテレビCMに起用した。 同級生が中学受験に備えて塾に通ったり夜遅くまで勉強するのをよそに、プロを目指してひたすら練習している。父親は娘の夢を応援しつつ、現実は甘くないと内心葛藤している——父が放り上げる球を、少女のバットが鋭くミートする場面を書いた。これをごまかしなしにやれるのは、野球経験のある子しかいない。 けれど子役のオーディションは骨が

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西川美和 ゆきのしわざ|ハコウマに乗って(7)

西川美和 ゆきのしわざ|ハコウマに乗って(7)

ゆきのしわざテレビCMの仕事で、子供の中学受験を撮ることになった。企画したのはクライアント企業の男性で、2人のお子さんが都内の有名進学校を受験したそうだ。 「僕の周辺の親には3つのタイプがいます。一つは自身も高学歴で、将来良い人生を送るために中学受験は不可欠、と信じている部類。2つ目は、子供は好きなことを見つけて生きていくべきで、やりたいことを優先させたい、というタイプ。もう一つは、学歴が全てではないが、好きなことで我が子が成功するかは不安。受験させるべきか、でも遊びの時間

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西川美和 ハコウマに乗って|ぼたんちりゆく

西川美和 ハコウマに乗って|ぼたんちりゆく

ぼたんちりゆく2012年ロンドンオリンピックの開会式映像では、バッキンガム宮殿にジェームズ・ボンドが乗り込んで、本物のエリザベス女王をヘリでエスコートしていたなあ。最後は女王自らユニオンジャックのパラシュートで会場に降り立つトリッキーな演出付き。五輪の開会式にあんな風に国を挙げての祝福ムードが存在したなんて、今ではおとぎ話のよう。6代目ボンドのダニエル・クレイグもシリーズ引退を決意し、最終章となる新作タイトルは「NO TIME TO DIE」。〈死んでる暇もない〉はずなのに、

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ハコウマに乗って|なつのけはい|西川美和

ハコウマに乗って|なつのけはい|西川美和

なつのけはい都内在住8歳の甥が、スマホ越しに『ズッコケ3人組』を音読してくれる。 「すごい早いから、聞いてて」 まるで見習い落語家の「じゅげむじゅげむ」。早口すぎて内容も面白さもさっぱりだ。こんな朗読じゃ先生にも褒められないだろう。あくびを噛み殺しつつしみじみ思う。正月も大型連休も親族で集まれなかったけど、無双のネット回線がある。電話代の無駄だからもうやめなさい、と言わなくていい時代。豊かなものだ。 「だけどそんなスピードで読んだんじゃすぐ読む本がなくなるでしょ」 「

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【連載】ハコウマに乗って|あおばのみち|西川美和

【連載】ハコウマに乗って|あおばのみち|西川美和

あおばのみち私は、思春期の男性について知らない。 女子だけの中学と高校に通ったせいで、その年頃の異性たちと身近に過ごす機会を失ったままになったのだ。大人になればさらに彼らとの接点は遠のき、電車やファストフード店で、グループでつるみながら一言も会話せずゲームする姿を眺めるたびに、謎はつのる。彼らのノリ、こだわり、主義思想、まるでわかってない。ウィークポイントと言ってもいい。 そんな私に、ある男子高校から映画のティーチ・インをしてほしいというオファーがあった。「ティーチ・イン

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【連載】ハコウマに乗って|トンネルをぬけると|西川美和

【連載】ハコウマに乗って|トンネルをぬけると|西川美和

トンネルをぬけるとこれだけ言われているのに、私は東京から旅に出た。無自覚に菌を撒き散らすやつ。ルールを無視して公序良俗を乱すやつ。お前みたいなのがいるから病床が逼迫し、ズルズル収束せず、経済も悪化――そうかもしれぬ。そうかもしれぬが……と思いつつ新幹線に飛び乗った。 2月に封切りした映画に向けて、90以上の取材を受けて宣伝した。「思いついたきっかけは?」「タイトルに込めた意味は?」「主演俳優の魅力は?」……20媒体を超えた頃から、ジュークボックスになったように自動的に口が動

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【新連載】ハコウマに乗って|ふしぎなおもち|西川美和

【新連載】ハコウマに乗って|ふしぎなおもち|西川美和

ふしぎなおもち広島に住む大正14年生まれの伯母は、物忘れが多くなった。 子供がおらず、大学で英語を教えていた夫は20年前、夕餉の卓でおちょこ一杯の日本酒を「美味しいですねえ」と舐めながら眠るように逝き、以後は小さな戸建に一人で暮らしている。 超がつくほどの綺麗好きで、帰省したおり手土産を持って訪ねても、台所の調理台、廊下、家具調度品、何もかもがピカピカに磨かれて、玄関には季節の花が生けられている。90を過ぎても足腰は強く、私が東京に戻ろうとするのを見かけると、ポチ袋に小遣

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【新連載】ハコウマに乗って|あとすこしほしい|西川美和

【新連載】ハコウマに乗って|あとすこしほしい|西川美和

あとすこしほしい今号からの新参です。読者の方には耳慣れないと思われるタイトルをつけたので、その説明から。 「ハコウマ」というのは生きた馬ではなく、演劇の舞台や映画の撮影現場で使われる、ベニア合板などで作られた木製の箱のことをいう。「馬」は踏み台を意味し、「箱馬」と書くようである。大きさはランドセルよりちょっと縦長、ハリウッドではリンゴの木箱に例えられ、「アップルボックス」とも呼ぶ。機材屋さんのホームページで確認すると、縦50センチ×横30センチ×高さ20センチのものを標準サ

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