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高校2年生のとき、不良の溜まり場だった喫茶店が警察に摘発され、喫煙していた生徒が補導された。私はその場にいなかったのだが、芋づる式に名前が出て1週間の自宅謹慎処分になった。 あまりに退屈だったので、家にあったロシア文学全集を手に取った。最初の『罪と罰』(新潮文庫)で、いきなりドストエフスキーの異次元世界に放り込まれた。わずかな睡眠時間を除いて、熱にうかされたようにひたすら没頭して、『カラマーゾフの兄弟』(新潮文庫)にいたるすべての長編を読んでしまった。 そのなか
科学と正義 東京オリンピック開会式をめぐる騒動で日本でも「キャンセルカルチャー」が知られるようになったが、アメリカではリベラルな知識人が左派(レフト)からキャンセルされている。その理論的な背景を説明するのが『「社会正義」はいつも正しい』で、フーコーやデリダなど、日本でも80年代に流行したフランスのポストモダン哲学がアメリカに移植されて奇妙に変容し、「SJW(社会正義の戦士)」の理論になったと論じる。
SNSはなぜしばしば狂乱するのか。その理由は、現在では、脳科学によって完璧に説明されている。問題は、ではどうすればいいのかという解がないことだ。
陰謀論と非合理陰謀論やフェイクニュースが蔓延し、理性を前提とした制度が揺らいでいる。だが『人はどこまで合理的か』でスティーブン・ピンカーは、人間は愚かだが、その一方で賢くもあり、だからこそ驚異的な文明をつくりあげたのだと説く。人類がこれからも進歩し続けるには、合理性が人生や社会の役に立つことを啓蒙していかなくてはならない。 シリコンバレーの起業家・投資家でもあるネットワーク研究者が、大量の研究をもとに、SNSが疑似現実をつくりあげ、フェイクニュースを拡散していく仕組みを論じ
国家と歴史戦「ウクライナをファシストから解放する」という名目で、ロシアは無謀な侵攻を開始した。だがプーチンは、いまや世界から「ファシスト」と批判されている。だとしたら、「ファシズム」とはいったい何だろうか? 『ファシズムとロシア』は、気鋭の歴史学者がこの問いに挑んだタイムリーな本。ソ連崩壊後、ロシアと新たに誕生した民族国家(新東欧)のあいだで「歴史戦」が勃発した。「ナチスとスターリンのソ連は同じ」という新たな歴史観へのロシア国内の反発が、現在の事態の背景にある。 『ウクラ
進化と承認 行動経済学を創始したダニエル・カーネマンは、市場参加者の判断・行動に一定の歪みがあることをさまざまな独創的な実験で示し、「合理的経済人」の前提を覆したことで、心理学者としてはじめてノーベル経済学賞を受賞した。 『NOISE』ではそのカーネマンらが、合理性を蝕む要因として、バイアスよりもさらに大きな「ノイズ」の存在を論じる。ノイズは判断のばらつきのことで、仮にすべてのバイアスをなくしたとしても、昼食の前か後かのようなちょっとしたちがいで、同じケースに異なる決定が下
文・橘玲(作家) 22世紀の“古典”100年後の日本人が昭和の時代を知ろうとしたら、どのような作品を手に取るだろうか。そんな視点で思い入れのある3冊を選んだ。 『金閣寺』は、終戦直後の鬱屈した社会を背景に、マイノリティ(吃音者)の主人公が美にとらわれ、狂気へと堕ちていく様が美しく硬質な日本語で描かれる。 『1973年のピンボール』は、高度成長期の日本社会の孤独と華やかさをスタイリッシュな文体で提示して、日本だけでなくアジアの若者に大きな影響を与えた。 『ポーの一族』は
希望と絶望人間の本性は「利他的(善)」なのに、「利己的(悪)」だと曲解されていると主張するのが『Humankind 希望の歴史』。これが「希望」なのは、すべてのひとが自らの善性に気づけば、それだけで社会はよくなるからだという。スタンフォード監獄実験など、定説とされた「性悪説」への批判は興味深いが、そんなうまい話があるのかとの疑問も湧く。 『目的に合わない進化』では、進化生物学者が、最新の知見を紹介しつつ、旧石器時代に数百万年かけてつくられた「人間の本性=脳の配線」が、現代の
よりよい世界古来、自らの手で「よりよい世界」をつくろうとした者は枚挙にいとまがないが、そのほとんどは悲惨な結果を招いた。 だがいま、人間の不合理性を前提にしたうえで、合理的に社会をデザインしようとする新しい“ユートピア思想”が台頭している。自由市場経済と共産主義(私有財産の否定)を合体する『ラディカル・マーケット』は、このメカニカル・デザインの最先端。話半分としてもきわめて魅力的で、近年、もっとも知的好奇心を刺激された一冊。 「知識社会における経済格差は“知能の格差”の別
事実と虚構の間連邦議会議事堂を占拠した熱烈なトランプ支持者のなかには、「ディープステイト(闇の政府)」がアメリカ社会を支配しているという陰謀論を信じる「Qアノン」なるグループがいるという。『エデュケーション』は、連邦政府が秘密結社に支配されているばかりか、いままさに大災厄によって世界の終わりが訪れると信じるモルモン教の原理主義者(サバイバリスト)の家庭に生まれた女性の物語。行政を拒否する父親によって高校までいちども学校に通えなかった著者は、自らの意志で大検を受けて大学に入学し
トランプ時代のアメリカは、「なぜこんなひどいことになったのか」という疑問や不安にこたえようとする野心的な著作を生みだした。 ネットワーク論の世界的権威クリスタキスは『ブループリント』で、該博な知識を縦横無尽に駆使して「人間の本性」を検証した。その結論は、目の前の暗鬱な出来事にもかかわらず、ヒトの遺伝子には「よき社会をつくる青写真(ブループリント)」が埋め込まれているとのポジティブなメッセージだった。かつて進化生物学や遺伝学は「ナチスの優生学の再来」として忌み嫌われたが、リベ
米国の分断 黒人男性の死をきっかけにアメリカ各地で抗議行動の嵐が吹き荒れたが、感染症はそれ以前から進んでいたアメリカ社会の分断と混乱を顕在化させたにすぎない。それは世界の(そして日本の)明日の姿でもある。 アメリカにはヘロイン乱用者が100万人、鎮痛剤として処方されたオピオイドの乱用者が1000万人もいる。にわかには信じがたい数字だが、そもそもなぜ医師が処方する鎮痛薬でこんなことになるのか? それを地元のジャーナリストが追ったのが『DOPESICK』。製薬会社・医療業界の利