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文藝春秋digital

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#立花隆

『文藝春秋digital』2022年6月ラインナップ

■会員限定イベント●6月8日(水) ・新庄剛志「薬物使用」の過去 抜き打ち検査で「陽性」も、詳細は伏せられ、その年に引退―― 鷲田康(ジャーナリスト)+本誌取材班 ●6月10日(金) ・プーチンが最も殺したい男の告白 M・ホドルコフスキー(オリガルヒ・石油会社「ユコス」元代表)「ウクライナ侵攻は彼の個人的な動機から始まった」 ・「性暴力」私は負けなかった 卜田素代香(仮名)「暴行後『証拠が残るからシャワーを』と男が強いてきました」 ・新連載 外事警察秘録②「日本赤軍との闘い

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立花隆 没後1年「田中角栄研究」の取材日誌 武藤旬(文藝春秋第一文藝部)

取材期間は約3週間。総理を追い込んだ「調査報道」には苦い挫折もあった。/文・武藤旬(文藝春秋第一文藝部) 噂でしかなかった『田中角栄金脈』その色褪せたB5判ファイルの表紙には、「取材日誌 田中角栄研究(昭和)49年11月号」とある。記したのは、立花隆が執筆した「田中角栄研究―その金脈と人脈」で取材班キャップを務めた、白石勝(当時34、のち文藝春秋社長。2015年死去)である。 「今回編集部の求めに応じて、父の書斎を探したところ、クローゼットの戸棚に時代順に並べられた書類の

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追悼 立花隆の書棚展 薈田純一

文・薈田純一(写真家) 本がぎっしり並ぶ書棚を1枚の写真として撮るのではなく、棚を1つずつ撮ってそれを組み上げる。すると棚に収まる本の背表紙がすべて読み取れる写真となる。 著述家の書棚を撮影テーマの1つにしている私が、立花さんの書棚を撮る機会にめぐまれたのは2010年の秋。ただし所有する「すべての書棚を撮る」という条件つきであった。こうして立花さんの仕事場兼書庫の、地上4階、地下2階、屋上に建屋が増築された本の砦、通称「ネコビル」に通うこととなった。 立花さんは夜に執筆

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立花隆 暗号で書いたラブレター 板谷駿一 100周年記念企画「100年の100人」

ジャーナリスト・立花隆(1940~2021)は、政治、社会、宇宙、生命など多岐にわたるテーマに取り組んだ。「知の巨人」の原点を、幼馴染の板谷駿一氏が語る。/文・板谷駿一(元NHK専務理事) 板谷氏 立花君と僕は、水戸市の小・中学校、それに大学も一緒だった。 あだ名はタコ。坊主刈りで、タコのように円い顔をしていた。僕が一番凄いと思ったのは、面白い遊びを考えだす抜群の才能だった。 小学校4~5年の頃か、鉱石ラジオの組み立てを、クラスで真っ先に始めたのは、タコだった。工作の

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佐藤優のベストセラーで読む日本の近現代史『東大生はバカになったか 知的亡国論+現代教養論』立花隆

日本のエリート層の劣化に警鐘を鳴らす警視庁が6月25日、経済産業省の若手キャリア官僚を2人逮捕した。コロナ禍で売り上げが減った中小企業の関係者を装い、国の「家賃支援給付金」を騙し取った容疑だ。 〈逮捕されたのは、同省経済産業政策局産業資金課の係長、桜井真(28)=東京都千代田区一番町=と、同局産業組織課の職員、新井雄太郎(28)=東京都文京区向丘1丁目=の両容疑者。2人は高校の同級生で、桜井容疑者が2018年入省、新井容疑者が20年入省という。/捜査二課によると、2人は共謀

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【立花隆「知の巨人」の素顔】「分かる能力」と「分かろうとする努力」の天才|平尾隆弘

文・平尾隆弘(文藝春秋元社長) 知識ゼロから勉強して立花さんの凄さを思い知ったのは、1988年、「文藝春秋」で利根川進さんへのインタビュー(『精神と物質』)を担当したときである。利根川さんは前年ノーベル医学・生理学賞を受賞。立花さんは、社の編集委員と共にMIT(マサチューセッツ工科大学)に出向き、3日間、延々20時間に及ぶインタビューを実現した。半年後連載が始まったところ、初回担当者が異動になり、第2回からの担当を命じられたのが私だった。参ったなぁ。必死でにわか勉強をしたも

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【立花隆「知の巨人」の素顔】「声優」立花隆の生みの親は宮崎駿だった|鈴木敏夫

文・鈴木敏夫(スタジオジブリ プロデューサー) 鈴木氏 『耳をすませば』の父親役 立花隆さんとはいろんなご縁がありましたが、真っ先に思い出すのが映画『耳をすませば』(1995年)のことです。宮崎駿のたっての希望で、主人公・月島雫の父親役として出演してもらうことになったんですが、その陰にはちょっとした経緯があるんです。話は僕の大学時代、1971年にまで遡ります。 当時、人気絶頂だった漫画家のジョージ秋山さんが急に引退宣言をして行方不明になるという事件が起きました。僕はジョ

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【立花隆「知の巨人」の素顔】「猫ビル」に黒猫を描いた日「これは名所になるね」|島倉二千六

文・島倉二千六(画家) ”猫ビル”の画家立花隆氏の事務所は壁面に黒猫の顔が大きく描かれ、“猫ビル”と呼ばれている。描いたのは画家・島倉二千六(80)だ。色彩の絶妙な筆遣いから黒澤明や山田洋次など巨匠たちに請われ、映画の背景画を担当してきた。最近は庵野秀明の『シン・エヴァンゲリオン劇場版』でも活躍、製作の舞台裏を支え続ける。 完成した猫ビル 具合が悪そうと、なんとなくうかがっていたけれど、ご本人はあまりお話しされなかったのでしょうね。無駄なことをおっしゃらないのは立花さん

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【立花隆「知の巨人」の素顔】「東大・立花ゼミ」人生を狂わせてくれた恩師|平尾小径

文・平尾小径(元立花ゼミ生・編集者) 頭をかき回される刺激 これから成田へ? と聞きたくなるような大きなキャリーバッグに本をぎっしり詰めて、がらがら引きながら教卓に向かう姿。夜半の事務所でパイプ椅子にななめに座って、紙コップでワインを飲みながら、学生たちの勝手な議論を聞くともなく聞いている姿。わたしがいま思い返す立花さんが、立花隆という全人格の何割だったのか、何%だったのかはわからないが、19歳のわたしには質も量も膨大な時間だった。 1996年4月、東京大学教養学部ではじ

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【立花隆「知の巨人」の素顔】「サル学の現在」“ゴム人間”のように柔らかく|山極壽一

文・山極壽一(霊長類学・人類学者) 山極氏 「飲むことも取材だ」 立花さんと初めてお会いしたのは、1986年のことです。僕がまだ愛知県犬山市の日本モンキーセンターのリサーチフェローを務めていた当時、『サル学の現在』の取材のために、立花さんがわざわざ訪ねて来てくれました。 この本の帯に「サルを知らずして、ヒトは語れない」とありましたが、おそらくサルの同性愛に「人間学としてのサル学」の大事なヒントがあると直感されて、僕のところに来られたのだと思います。 立花さんと言えば、

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【立花隆「知の巨人」の素顔】「宇宙からの帰還」は私の生涯のテーマになった|野口聡一

文・野口聡一(JAXA宇宙飛行士) 野口氏 立花隆先生の訃報に接し、大変驚いております。謹んでお悔やみ申し上げますとともに、心からご冥福をお祈りいたします。 先生の代表作の一つである『宇宙からの帰還』を初めて手に取ったのは私が高校3年生のときでした。アポロ時代の宇宙飛行士の内面の苦悩・葛藤・飛行前後での内面世界の変化を克明に描いたノンフィクションの傑作でした。将来の進路を考える思春期の高校生にとってはかなり衝撃的な内容でしたが、だからこそ「宇宙飛行士」という職業について

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【立花隆「知の巨人」の素顔】私とは波長が合わなかった「形而上学論」|佐藤優

文・佐藤優(作家・元外務省主任分析官) 佐藤氏 「形而上学を一切認めない」知の巨人で、無類の読書人であった立花隆氏が4月30日に亡くなった。とても残念だ。同時に一つの時代が終わったことを実感する。少し大げさな言い方をすると近代の終焉だ。私は立花氏を客観性と実証性を重視する近代を代表する知識人と考えている。 立花氏の仕事は、政治、思想、哲学、生命科学、宇宙、サル学、ガンなど多岐にわたる。いずれの分野においても立花氏は、客観性と実証性を重視する。対して私は、客観性や実証性は

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【立花隆「知の巨人」の素顔】「田中角栄研究」が変えた日本のノンフィクション|後藤正治

文・後藤正治(ノンフィクション作家) 後藤氏 田中角栄退陣の引き金立花隆氏に、というよりも同時代に登場した数人の書き手に、敬意を抱き続けてきた。日本においてノンフィクションが本格的にスタートするのは1970年代であるが、おおよそ、この数人によって新しい分野の扉が開かれ、以降の世代の書き手がメシを食えるようになったといってもいいであろうから、である。 10年前、『中央公論』誌上で「探訪 名ノンフィクション」を連載した動機は、私なりに先達者たちの代表作をたどり、味わい、論じ

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【立花隆「知の巨人」の素顔】すべての仕事は立花氏の「死生観」に凝縮された|柳田邦男

私たちが見た「戦後最大のジャーナリスト」。/文・柳田邦男(ノンフィクション作家) 柳田氏 「調査報道」の先駆者・確立者 立花隆氏が田中角栄研究とロッキード事件追及に注いだ時間は、実に十数年、その著作物は半端なものではなかった。一人の言論人による政治悪追及の表現活動が、権力者の座を揺るがし、金まみれの権力のリアルに対する人々の目を全開させるほど大きな影響を与えた例は、戦後史において他にはなかった。 立花氏は「調査報道」の先駆者・確立者として、また政治思想の右にも左にもぶれ

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