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詩|柳本々々

距離 「おはよう、ぼくだよ」と真夜中電話をかけたら、そうね、 わかってる、どこかにつれていってもあなたはすぐ消える、 ともかくわたしの手をつないでいなければだめだよ、 手さえ繋いでいたらいいから、と電話でいった。けれど、 次の日になるともう会えないことも多かった。 好きな窓辺をいつも…

詩|新川和江

田舎の月 わたしの郷里ではわけても十五夜、 よそでは見られぬ大きな大きな月がのぼる。 子供たちは藁鉄砲を持ち ――大麦小麦、三角畠の蕎麦(そば)あたれ と唱えながら 農家の庭先の土を打って回る。 穀物や蔬菜(そさい)を育ててくれた土へのお礼と 子供ながらに来年の収穫への願いをこめて………

詩|谷川俊太郎

自然同士? ヒトの体とウイルスは自然同士? 月や星も生きてないけど自然同士 庭のアジサイが朝日を浴びて咲き誇り ココロはアタマより先に目覚めて 言葉なく自然のスゴさに呆れている ココロは意味がなくても死にはしない でもアタマは意味がないと生きていけない この世は意味と無意味のせめぎ合い…

詩|銀色夏生

草陰 もう少しだけ見ていたい あなたの姿 あなたの話すこと あなたはどういう人で 何をしようとしているのか あなたは私をどうしたいの 私はあなたをどうしたいの あなたを知ろうと思うことはきっと 私をもっと知ることになる だから怖いことだけど そうしたいと思ったの (202…

詩 / 萩野なつみ【全文公開】

冬の底で どこまでも 眼をとじていた、とどかない胸に触れながら 親しく砕かれてゆく日々の 瞬きのたびに零れる音符 うなずけば 風が生まれて どの書物にもない母語のように しんしんとひかりつづける あなたの胸、あなたの窓、あなたの雪 【編集部よりお知らせ】 文藝春秋は、皆さんの投稿を募集…

詩――最果タヒ【全文公開】

ときめき狂 いつも居心地が悪いのです、愛はどこにもないし、恋もどこにもない、ひとのこころを裂くようにして、向こう側まで探しに行けば見つかる気がしているとき、とても瞳はキラキラして、かかとは浮いて、空まで飛んで行きそうだった。天使になれる可能性、息を潜めている女の子が、家から出てき…

詩ーー十田撓子【全文公開】

静かな木 かれは眠っている 坐ったまま眠っている 喉を締め上げられて 漆を少しずつ流し込まれて かれは眠りながら声を失っていた 夏が終わる また夏が来る 雉の鳴く声と雨粒が葉を打つ音を聴きながら 廃寺の隅にじっとして かれはやはり眠っている 長大な体躯に刺青のような 黒く深い裂け…

詩――松川紀代【全文公開】

隣 この世が終わって あの世に行くのではなく 目を閉じて歩いてゆくとあの世に入っている いつも化繊のスカートを引きずってた隣のお婆さんがそうだ (顔を洗うのも 忘れちゃったわよ 何て気持ちのよいお天気) 宇宙には途切れている箇所などなく 互いにひっぱり合っていて ひたすらつながっている…

詩――野木京子【全文公開】

汽水域 母の舟が時の川霧を押し分けて現れた 空ろな刳り舟のようだったが まっすぐ流れてきたので その日から 私は死んだ母の舟に乗って生きている ――無理に生きようとしなくても   舟に乗って進むだけの日を過ごしてもかまわない 泳ぎの得意な人だったので 物語の海も達者に泳いでいた 汽水域…