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文藝春秋digital

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#保阪正康

『文藝春秋digital』2022年6月ラインナップ

■会員限定イベント●6月8日(水) ・新庄剛志「薬物使用」の過去 抜き打ち検査で「陽性」も、詳細は伏せられ、その年に引退―― 鷲田康(ジャーナリスト)+本誌取材班 ●6月10日(金) ・プーチンが最も殺したい男の告白 M・ホドルコフスキー(オリガルヒ・石油会社「ユコス」元代表)「ウクライナ侵攻は彼の個人的な動機から始まった」 ・「性暴力」私は負けなかった 卜田素代香(仮名)「暴行後『証拠が残るからシャワーを』と男が強いてきました」 ・新連載 外事警察秘録②「日本赤軍との闘い

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「テロ連鎖」と「動機至純主義」 保阪正康

「動機が正しければ、何をやっても許される」のか? 「日本の地下水脈」第26回 特別編/文・保阪正康 (昭和史研究家)、構成:栗原俊雄(毎日新聞記者) 保阪氏 不幸な歴史を繰り返さないために 7月8日、安倍晋三元首相が奈良県で遊説中に銃撃され、そして死去した。 私自身は安倍元首相の政治姿勢や歴史観を、どちらかというと批判的な目線で見てきた。しかし、このようなかたちで安倍元首相の命が失われたことは、日本社会のみならず世界にとっても大きなマイナスであり、心より哀悼の意を捧げた

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「擬態」としての日米同盟 「保守」が「親米」となる倒錯はなぜ生まれたのか? 保阪正康 日本の地下水脈25

文・保阪正康(昭和史研究家)、構成:栗原俊雄(毎日新聞記者) 保阪氏 日米関係の根源 2022年は明治維新(1868年)から数えて154年になる。そのちょうど折り返し地点が、奇しくも日本がアメリカとの戦争に敗北した昭和20(1945)年である。 前回は、その前半の77年間における日米関係の近代史を検証した。 鎖国を続けてきた日本は、アメリカの圧力によって開国し、その後は近代国家としての道を歩み始めた。日米両国は同じ新興帝国主義国家として、特別の親近感で結ばれていた。日

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保阪正康 良心とマキャベリズムのアメリカ キリスト教精神とは裏腹の外交的老獪さ――二面性を見抜けなかった日本の悲劇 日本の地下水脈24

文・保阪正康(昭和史研究家)、構成:栗原俊雄(毎日新聞記者) 保阪氏 日米関係の近代史を振り返る 沖縄は本土復帰50年を迎えた。復帰当時は「核抜き、本土並み」と喧伝されたが、在日米軍基地の返還は進まず、今も全国の7割の米軍専用施設が、国土全体の面積の約0.6%でしかない沖縄に集中し、「本土並み」は実現していない。そして、基地が集中しているがゆえの苦悩を、沖縄は背負わされている。 1995年、米兵3人が小学生の女児に性的暴行をするという凶悪事件が発生した。だが日本の捜査当

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保阪正康 幻想と裏切りのロシア「力の信奉者」という本質を見誤った日本の悲劇 日本の地下水脈23

「力の信奉者」という本質を見誤った日本の悲劇。/文・保阪正康(昭和史研究家)、構成:栗原俊雄(毎日新聞記者) 保阪氏 日露関係の近現代史の底流今回のロシアによるウクライナ侵略を受けて、日本はアメリカ主導の対ロシア経済制裁に加わっているが、その対応は後手に回っている。 そんな中、ロシアは日本に揺さぶりをかけてきた。3月下旬に北方領土交渉を一方的に停止し、同地域での軍事演習を開始。4月上旬にはロシアの元上院議長で左派政党「公正ロシア」のミロノフ党首が「北海道のすべての権利は

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軍事哲学なき日本の悲劇 保阪正康 日本の地下水脈22

「軍事は政治に従属する」。クラウゼヴィッツの大原則を、なぜ日本は理解できなかったのか?。/文・保阪正康(昭和史研究家)、構成:栗原俊雄(毎日新聞記者) 保阪氏 真っ当な「軍事学」 ロシアのウクライナ侵略により、国際情勢は混迷を極めている。 当初はロシアの軍事的制圧が予想された。しかしNATO諸国や他の中立国からの支援を受けたウクライナの抵抗は激しく、世界各国が経済制裁で足並みを揃えたことで、ロシアの思うようには進んでいない。さらにロシア軍による民間人への無差別攻撃や大量

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保阪正康「軍服を着た天皇」“天皇の戦争責任”の問いの前に知っておきたい 日本の地下水脈21

「天皇に戦争責任はあるのか?」。その問いの前に知っておきたい歴史的事実。/文・保阪正康(昭和史研究家)、構成:栗原俊雄(毎日新聞記者) 保阪氏 「天皇と戦争の関係」前回見たように、日本人にとって皇室とは「聖なるもの」の地下水脈を体現した存在であった。 皇室は、社会関係、生産関係、経済関係を持たない。日本人はそこに「聖なるもの」を見出してきた。俗世間に生きる人々は、生きるためのしがらみの中で、ときには俗悪な行為に手を染めなければならないが、「聖」が存在することによって、比

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「『聖』と『俗』の天皇論」保阪正康 日本の地下水脈20

「聖」は「俗」とは交わらない。だからこそ天皇は日本人に必要な存在であったのだが……。/文・保阪正康(昭和史研究家)、構成:栗原俊雄(毎日新聞記者) 保阪氏 私たちは決断を迫られる 昨年末、安定的な皇位継承のあり方などを議論してきた政府の有識者会議が最終的な報告書をまとめた。皇族数を確保する方法として、(1)女性皇族が結婚後も皇室に残る、(2)旧皇族の男系男子を養子に迎える、の2案が盛り込まれた。皇位継承の議論については「機が熟していない」として触れていないが、男系男子の皇

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「国家神道に呑み込まれた宗教」保阪正康 日本の地下水脈19

国家神道への隷属の果てに起きた廃仏毀釈の嵐と大本教への大弾圧。/文・保阪正康(昭和史研究家)、構成:栗原俊雄(毎日新聞記者) 保阪氏 「与えられた象徴天皇制」象徴天皇制が大きな曲がり角に差し掛かっている。秋篠宮家の長女・小室眞子さんの結婚が、国民が抱いてきた皇室へのイメージを一変させ、世論の分断も招いているからだ。皇室は戦後長らく国民の融和と統合の象徴であり、国民は皇室に尊崇と敬慕の情を抱いてきた。そうした構図が変わってしまいかねない瀬戸際に、今、私たちは立っている。

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渡辺和子 皇道派の親玉は赦さない 保阪正康 100周年記念企画「100年の100人」

ノートルダム清心学園理事長だった渡辺和子(1927~2016)の言葉は平成の終わる頃、人々の胸を打った。亡くなる直前、保阪正康氏はインタビューの機会があった。/文・保阪正康(ノンフィクション作家) 保阪氏 私が当時88歳だった渡辺さんに会ったのは2016年1月初め。著作『置かれた場所で咲きなさい』がベストセラーになっていた。 私は、渡辺さんに2つの視点で関心を持っていた。ひとつは、父親の渡辺錠太郎(陸軍の教育総監)が二・二六事件(1936年)で青年将校らの襲撃を受けて殺

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保阪正康 日本の地下水脈18  「議会政治の誕生と死」

議会への無理解が「政治的無関心」の源流にある。/文・保阪正康(昭和史研究家)、構成:栗原俊雄(毎日新聞記者) 保阪氏 「どうせ選挙に行ったって」 10月31日に投開票がおこなわれた第49回衆議院選挙は、戦後3番目に低い投票率(55.93%)となった。選挙前の4年間、公文書の改ざんや政治とカネの問題など、スキャンダルが相次いだが、それでもなお与党が勝利したのである。 事前の予想とは逆に、最大野党の立憲民主党は無残に敗北した。敗因は、政治の門外漢である筆者にも充分想像がつく

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象徴天皇制の「聖」と「俗」 保阪正康

小室さん騒動は「開かれた皇室」の宿命なのか。/文・保阪正康 (ノンフィクション作家) 保阪氏 「天皇制の崩壊」の危機感先月26日に秋篠宮家の長女眞子さまと小室圭さんとの結婚会見が行われ、最終的に眞子さまは小室眞子さんとして皇室を離れることになりました。 9月に「ご結婚へ」と報道されて以来、この2カ月のあいだには、眞子さんの渡米や一時金の辞退、結婚に伴う儀式の中止、そして眞子さんが抱える複雑性PTSDのご病気公表など、次々と衝撃的な事実が報じられる中で2人は結婚を迎えまし

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保阪正康 日本の地下水脈17 「五箇条の御誓文と日本型民主主義」

昭和天皇が引用した御誓文の中には日本固有のデモクラシーの原型がある。/文・保阪正康(昭和史研究家)、構成:栗原俊雄(毎日新聞記者) 保阪氏 日本型デモクラシーとは何か? 「日本の民主主義の危機」を訴えて登場した岸田文雄政権が、総選挙を経て本格的に動き始めた。この約10年間、安倍晋三・菅義偉両政権の独善的な政権運営が、社会の分断をもたらした面があることは否めない。 だが、そもそも「日本の民主主義」とは何なのか?――この点は、岸田首相の呼びかけからは全く見えてこない。 戦

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保阪正康 日本の地下水脈16「純潔の革命家・西郷隆盛」

その精神性の高さゆえに庶民に愛され、軍事指導者に悪用されてきた人物の実像。/文・保阪正康(昭和史研究家)、構成:栗原俊雄(毎日新聞記者) 保阪氏 「昭和の文化大革命」前回、「皇紀2600年」に当たる昭和15(1940)年が、日本社会の重大な転回点であることを指摘した。この年は日本におけるファシズム体制が確立した時期であるが、明治維新後の日本社会に脈々と流れていた「攘夷の地下水脈」が、まさに奔流となって社会の表舞台に噴出した時期であると解釈できる。 だが、攘夷の地下水脈が

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