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「転向」ではない「自己変革」の近現代史|保阪正康『日本の地下水脈』

「転向」ではない「自己変革」の近現代史|保阪正康『日本の地下水脈』

「転向」というレッテル貼りではなく、「自己変革」という観点から、あらためて近現代史を振り返る。/文・保阪正康(昭和史研究家) 構成:栗原俊雄(毎日新聞記者) 「転向」の後ろ暗いイメージ 大正時代後期から昭和初期にかけて、共産主義勢力に対する弾圧は苛烈を極めた。そうした状況下の昭和8(1933)年、共産党幹部の佐野学と鍋山貞親が獄中から「共同被告同志に告ぐる書」を発表した。いわゆる転向声明文である。 共産党はコミンテルンの指導を受け、天皇制の打倒を目指していた。しかし佐野と

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【対談】池上彰×保阪正康「東京五輪と日本人」リーダーなき国の悲劇

【対談】池上彰×保阪正康「東京五輪と日本人」リーダーなき国の悲劇

池上彰(ジャーナリスト)×保阪正康(昭和史研究家) ▶昭和の終戦時から「今さらやめられない」を繰り返す ▶エリートのお家芸「主観的願望を客観的事実にすり替える」 ▶「危機の宰相」の明暗——日本は再び米英に敗北した 池上氏✕保阪氏 「このままじゃ、政治に殺される。」池上 東京五輪の開会式まで2カ月を切りました。菅義偉首相は「安心・安全な大会は可能」と繰り返していますが、5月以降、メディアが相次いで行った世論調査では、「延期」あるいは「中止」と回答した人が8割を超えるなど

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保阪正康『日本の地下水脈』|共産主義者と「攘夷の水脈」

保阪正康『日本の地下水脈』|共産主義者と「攘夷の水脈」

ソ連から流れ込んだマルクス主義に知識人層は感電する。ところが——。/文・保阪正康(昭和史研究家)、構成:栗原俊雄(毎日新聞記者) 保阪氏 左翼の源流大正7(1918)年に設立された結社「老壮会」には、国家主義者からアナーキストまで、あらゆる思想家たちが集い、活発な議論がおこなわれた。老壮会の活動はわずか4年ばかりであったが、日本の地下水脈の合流点となり、そこからまた新たな思想が分流していった。 前回までは、老壮会に集まった国家主義者たちのその後を追い、彼らの思想が昭和初

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保阪正康「日本の地下水脈」|テロに流れる攘夷の思想

保阪正康「日本の地下水脈」|テロに流れる攘夷の思想

「天誅」──維新前夜の尊王攘夷派の合言葉は、なぜ後世のテロで蘇ったのか?/文・保阪正康(昭和史研究家)、構成:栗原俊雄(毎日新聞記者) 保阪氏 右翼によるテロリズム 思想家・社会運動家の満川亀太郎が大正7(1918)年に設立した「老壮会」には、国家主義者から社会主義者まで左右を問わず多くの言論人が集い、思想の交差点ともいうべき活況を呈した。その後、老壮会は活動を停止するが、のちの思想家たちに与えた影響は大きい。今日、私たちが漠然とイメージする右翼・左翼という大まかな分類

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【追悼・半藤一利】「おい、二度とあんな時代に戻ることはないだろうな」 半藤さんの声が聞こえてくる|保阪正康

【追悼・半藤一利】「おい、二度とあんな時代に戻ることはないだろうな」 半藤さんの声が聞こえてくる|保阪正康

真贋を見抜く目を持ち、人情に溢れる——数々の名対談、名座談会を繰り広げてきた“相棒”の保阪正康さんが、半藤一利さんの実像に迫る。/文・保阪正康(昭和史研究家) <summary> ▶︎半藤さんは、文藝春秋に入社して1年目の時に担当した坂口安吾から「実証的に歴史を見ることの大切さを教わった」と語っている ▶︎凄惨な戦争体験によって自身も心に空虚感を抱いていた半藤さんは、それをエネルギーに変え、怒りを持って昭和史を検証した ▶︎半藤さんは私たちに宿題を残した。私たちが知っている

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保阪正康「日本の地下水脈」|国家主義者たちの群像

保阪正康「日本の地下水脈」|国家主義者たちの群像

北一輝や大川周明らの思想に感電した青年将校は「昭和維新」に突き進むが……。/文・保阪正康(昭和史研究家)、構成・栗原俊雄(毎日新聞記者) 保阪氏 老壮会以降の右派 明治維新から50年余が過ぎた大正中期、日本社会は曲がり角に直面していた。 第1次世界大戦で日本は戦勝国となり、国際連盟の常任理事国として列強の一角に加わった。だが、国内では富国強兵政策の矛盾が露呈していた。工業化が急速に進む一方、公害などの都市問題が顕著になった。都市と農村の経済格差も深刻化した。大戦末期の

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半藤一利さんが指摘していた“戦争の教訓”が生かされていない現代日本の民主主義「官僚が権力におもねる国家は滅びる」

半藤一利さんが指摘していた“戦争の教訓”が生かされていない現代日本の民主主義「官僚が権力におもねる国家は滅びる」

作家の半藤一利さんは、『文藝春秋』2018年5月号の座談会で「安倍政権(当時)と旧日本軍の相似形」を指摘していた。あれから約3年。菅政権に変わっても、実態は変わらぬまま。「国民の民度が下がっているから、政治家のレベルも下がる」という半藤さんの言葉を今こそ噛みしめたい――。/【座談会】半藤一利(作家)×保阪正康(ノンフィクション作家)×辻田真佐憲(近現代史研究者) <summary> ▶︎公僕である官僚は主権者たる国民への説明責任がある。しかし、昭和史を紐解くと、官僚がその原

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「老壮会」という水脈合流点|保阪正康『日本の地下水脈』

「老壮会」という水脈合流点|保阪正康『日本の地下水脈』

アナーキストから右翼までが大同団結した結社が、大正中期の日本には存在していた。/文・保阪正康(昭和史研究家)、構成:栗原俊雄(毎日新聞記者) 保阪氏 右翼と左翼の勉強会 大正8(1919)年から10年は、近代日本の分岐点であった。維新後の政治体制が、この頃から形を変えていくことになる。その背景には以下のような出来事があった。 (1)第一次世界大戦の終結(世界秩序の解体と再編成) (2)ソ連共産主義体制の成立(プロレタリア革命の可能性) (3)新しい形のナショナリズ

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菅義偉政権が知らない「パージ」の近現代史|保阪正康

菅義偉政権が知らない「パージ」の近現代史|保阪正康

昭和史研究家の保阪正康が、日本の近現代が歩んだ150年を再検証。今回のテーマは「パージ」。歴史を振り返ると、政府に批判的な人物の追放には、ある方程式があった。/構成・栗原俊雄(毎日新聞記者) <この記事のポイント> ●日本学術会議の任命拒否の件は、近現代史を振り返ると、政府による「パージ(追放)」と位置付けるべき ●「滝川事件」「天皇機関説事件」という2つの事件を振り返ることで学ぶべきことがある ●政府が気に入らない人物を排除する場合には方程式がある。「権力者→扇動者→攻撃

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保阪正康『日本の地下水脈』|「反体制運動の源流」

保阪正康『日本の地下水脈』|「反体制運動の源流」

昭和史研究家の保阪正康が、日本の近現代が歩んだ150年を再検証。歴史のあらゆる場面で顔を出す「地下水脈」を辿ることで、何が見えてくるのか。今回のテーマは「反体制運動の源流」。対露強硬派が支持を集める一方、社会主義運動は弾圧され、地下水脈化してゆく——。/構成・栗原俊雄(毎日新聞記者) 保阪氏 三国干渉の衝撃 前回まで見たように、維新で誕生した明治政府は当初から西欧のような帝国主義国家としての道を主体的に目指していたわけではなかった。列強の侵略から日本を守るために場当たり

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