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ヒスと呼ばれた母|山本美希

ヒスと呼ばれた母|山本美希

著名人が母親との思い出を回顧します。今回の語り手は、山本美希さん(マンガ作家・筑波大助教)です。 ヒスと呼ばれた母「そんなヒス起こすなよ」と、父はいつも母に言っていた。子ども心に、母はヒステリーなのだと理解するようになった。細かいことでいつもカッカするのは、ヒステリーという母の資質だから、聞く耳を持つ必要はないのだ、と片付けることを覚えた。 母は、大学を出たあと銀行に就職し、数年働いて結婚、子どもを2人産んで今まで専業主婦をしている。父は仕事人間で、母は家のすべてを1人で

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山内マリコさんのおふくろの話。

山内マリコさんのおふくろの話。

著名人が母親との思い出を回顧します。今回の語り手は、山内マリコさん(作家)です。 好きなことをしなさい 子供時代は昭和後期、思春期は平成初期だった。サラリーマンの父親と専業主婦の母親、それに子供2人が、当時のスタンダードな家族像。  私も2つ上に兄がいる。小学生のころを思い出すと、半分くらいは兄とごろごろテレビを見ていた記憶である。夕飯どき、食事の支度にテンパった母をよそに、私たちは殿様みたいにふんぞり返ってテレビに夢中だった。8時か9時を過ぎて父が帰ってくると、元気いっ

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澤地久枝さんのおふくろの話。

澤地久枝さんのおふくろの話。

著名人が母親との思い出を回顧します。今回の語り手は、澤地久枝さん(作家)です。 言わなかった悔い 母は手さきの器用なひとだった。  そりかえる指を「まむし指」というが10本の指すべて「まむし指」で、指紋はすべてきれいに渦を巻いていた。  母の縫ったきものや洋服でわたしは育ち、就職後の20代もそうだった。  声のいい人だった、と思う。  1943年頃、戦争末期とは知らないまま、当時の満州で主食が配給になり、物資欠乏という実感が子ども心にもしみこんだ。御飯茶碗1杯以上の

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