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イタリアンシェフ・片岡護の恩返し「若いシェフが活躍できる環境を」

片岡護(かたおかまもる・イタリアンシェフ) 東京を代表する名店「リストランテアルポルト」のオーナーシェフ片岡護(72)の人生を決めたのは、ある外交官の一言だった。 「ミラノにいらっしゃい」 高校卒業後、浪人生活を送っていた折、外交官の金倉英一氏から総領事館付きの料理人として誘われた。 「幼い頃に父を亡くした僕にとって金倉さんは父親代わりの存在。料理人の経験はほとんどなく、イタリアでの5年間は毎日が修業でした」 帰国後の1983年、「アルポルト」をオープンさせると

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サイゼリヤ会長・正垣泰彦の「常識の反対をいく」レストラン経営

国内1000店を超えるイタリアン。レストランのモデルは「教会」だった。/文・樽谷哲也(ノンフィクション作家) <この記事のポイント> ▶︎ミラノ風ドリアは、1983年の発売以来、少なくとも年に10回は何らかの変更を重ねているという ▶︎正垣が店主として引き受けた父親の知り合いの「潰れそうなどうしようもない店」が、サイゼリヤの第一号店 ▶︎サイゼリヤはチェーン化のため徹底した調理加工作業の合理化を断行。国内1000を超える店舗の調理場には包丁もガスコンロも一つもない 「最悪

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