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#訃報

神田沙也加「瞳のかがやき」 宮本亞門

17歳の彼女は「本物になりたい」と。/文・宮本亞門(演出家) 宮本さん 「いくらでも伸びるな」初めて会ったとき、沙也加さんがあの大スターの娘さんだとは全く知りませんでした。 2004年に私が演出を務めたミュージカル「イントゥ・ザ・ウッズ(INTO THE WOODS)」のオーディション。 「よろしくお願いします!」 元気に挨拶をしながら部屋に入ってきた彼女は、いきいきとしていました。何より印象的だったのは彼女の瞳。本当にキラキラ輝いていた。それと同時に、こちらに食ら

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【蓋棺録】中根千枝、古葉竹識、長谷川和夫、牧阿佐美、日比野弘〈他界した偉大な人々〉

偉大な業績を残し、世を去った5名の人生を振り返る追悼コラム。 ★中根千枝 社会人類学者の中根千枝は、多くの国でフィールド調査を行なった比較から、日本社会を「タテ社会」として論じ、論壇でも活躍した。 1967(昭和42)年、『タテ社会の人間関係』を刊行する。当時は珍しい社会人類学による日本論で、ベストセラーになって十数か国語に翻訳された。その後も世代を超えて愛読され、すでに117万部に達している。 26(大正15)年、東京に生まれる。父は弁護士だった。小学生のとき父が中国

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【蓋棺録】柳家小三治、さいとう・たかを、すぎやまこういち、森山眞弓、コリン・L・パウエル〈他界した偉大な人々〉

偉大な業績を残し、世を去った5名の人生を振り返る追悼コラム。 ★柳家小三治 落語家の柳家小三治(本名・郡山剛蔵)は、登場人物の言葉の奥にある、笑いの「本域」を求め続けた。 小三治の師匠・柳家小さんは、ほとんど稽古をつけてくれなかった。二ツ目の頃「やってみな」というので『長短』を演じると小さんは黙ってしまい、ややあってぼそっと「お前の噺は面白くねえなあ」。小三治はショックを受け、しばらく考え込んだという。 1939(昭和14)年、東京の新宿柏木(現・北新宿)に生まれる。

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【蓋棺録】澤井信一郎、内橋克人、正司敏江、色川大吉、ジャン=ポール・ベルモンド〈他界した偉大な人々〉

偉大な業績を残し、世を去った5名の人生を振り返る追悼コラム。 ★澤井信一郎 映画監督の澤井信一郎(本名・信治)は、長い助監督時代をへてのち、ミステリーから文芸作品まで幅広い分野で力量を示した。 1981(昭和56)年、松田聖子主演の『野菊の墓』で監督デビューする。すでに助監督を務めた映画が58本あり、落ち着いた様子で演技指導を続け、公開されると当然のようにヒットした。以降、14本の監督作品を残した。 38年、静岡県の雄踏町(現・浜松市)に生まれる。父は代用教員だったが、

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【蓋棺録】辻久子、酒井政利、藤田紘一郎、李麗仙、ドナルド・ラムズフェルド〈他界した偉大な人々〉

偉大な業績を残し、世を去った5名の人生を振り返る追悼コラム。 ★辻久子バイオリニスト辻久子(つじひさこ)(本名・坂田久子)は、天才少女として注目され、戦前から戦後にかけて日本のクラシック音楽を支えた。 1973(昭和48)年、久子の演奏会が普段以上の大盛況となった。直前、3500万円のストラディバリウスを買うため自宅を売ったと報じられ、その音色を少しでも聴きたいと、聴衆が殺到したからだった。もちろん、客寄せに使おうなどとは思わなかったが、「展示会で弾かせてもらったら欲しく

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蓋棺録<他界した偉大な人々>

偉大な業績を残し、世を去った5名の人生を振り返る追悼コラム。 ★八千草薫  女優の八千草薫(やちぐさかおる)(本名・谷口瞳)は、可憐な娘役でデビューして以来、さまざまな役に挑戦したが、楚々とした美しさは変わらなかった。  1977(昭和52)年、山田太一脚本の『岸辺のアルバム』では不倫をする主婦を演じて衝撃を与えた。話がきたとき最初は断ったが、山田が「本気で夫以外を好きになってしまう女性を演じていいのです」と再度頼むと、「それなら」と引き受けたという。  31年、大阪

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蓋棺録<他界した偉大な人々>

偉大な業績を残し、世を去った5名の人生を振り返る追悼コラム。 ★和田誠  イラストレーターの和田誠(わだまこと)は、独特の似顔絵で親しまれ、映画監督としても心を打つ作品を残した。  週刊文春2017(平成29)年7月20日号は、和田の2,000枚目のイラストが表紙を飾った。和田の表紙が始まってから40年の年月が流れていた。妻の平野レミが感想を聞くと、作業を続けながら「普通だよ」と答えた。「普通だよ、なんでもないよ」。  1936(昭和11)年、大阪に生まれる。父親は小

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