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久坂部羊さんのオヤジの話。

久坂部羊さんのオヤジの話。

著名人が父親との思い出を回顧します。今回の語り手は、久坂部羊さん(作家・医師)です。 絵・村上豊 がんを喜んで  父は医者のくせに医療が嫌いで、こむずかしい医学の知見を信用していなかった。それは父が麻酔科医で、ある種、医療の傍観者だったからかもしれない。手術の麻酔をかけながら、外科医たちの危なっかしい操作や、いい加減な判断を見聞きして、医療の限界みたいなものを肌で感じていたのだろう。  若いころの父は、糖尿病で厳密な食事療法を実行させられたが、一向に血糖値が下がらなか

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ハリクさん|金田一秀穂

ハリクさん|金田一秀穂

著名人が父親との思い出を回顧します。今回の語り手は、金田一秀穂さん(言語学者)です。 ハリクさん 私の父はサザエさんの家のマスオさんのようだった。義父の波平はいないが、フネさんに当たる義母、カツオ、ワカメに当たる私の伯父、叔母たちが3人いた。タラちゃんにあたる私のきょうだいが4人いた。 その家族構成の中で、子どもたち以外はみな、父の春彦のことを、「ハリクさん」と発音していた。ハルヒコを縮めてそうなった。もともと、4人の子どもを抱えた母子家庭の祖母(フネさんに当たる人)の

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芦田多恵さんのオヤジの話。

芦田多恵さんのオヤジの話。

著名人が父親との思い出を回顧します。今回の語り手は、芦田多恵さん(ファッションデザイナー)です。 父のいたずら  父は、心を震わせるものに出逢うと人に伝えずにはいられなかった。 「5分でも良いから、今すぐ来て!」  何事かと思って行ってみると、そこには目を輝かせる父がいて、 「この絵は素晴らしい! 多恵はどう思う?」 「技術は一生懸命勉強すれば身につく。それよりも感性を磨け」という考えの人だったから、デザイナーとして技術を教えてもらったことは驚くほどない。そのぶん

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細谷亮太さんのオヤジの話。

細谷亮太さんのオヤジの話。

著名人が父親との思い出を回顧します。今回の語り手は、細谷亮太さん(小児科医)です。 一番大切なのは  父(オヤジ)は明治が大正に変わって1月半ほど経った9月16日、山形県河北町で開業医の細谷喜三郎とゆきの長男として生まれる。明治17年生の祖父は医術開業試験に合格し20歳の若さで開業医になる。酒はだめだが女好きで花街に入りびたりだったようだ。祖母ゆきは2番目の妻だ。彼女は横浜の女学校を卒業した、田舎では珍らしい進歩的な女性だった。  2人の間に父、憲一が長男として誕生する

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