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日本の敗戦「フクシマ」と「コロナ」——走り出したら止まれない“この国の病理”|船橋洋一

日本の敗戦「フクシマ」と「コロナ」——走り出したら止まれない“この国の病理”|船橋洋一

政治家も官僚も「有事」からただひたすらに逃走する──。コロナの混乱は10年前のフクシマとあまりに酷似している。/文・船橋洋一(アジア・パシフィック・イニシアティブ理事長) <summary> ▶︎日本は国民の安全と健康に重大な危害を及ぼす脅威に対する「備え」に真正面から向かい合っていない、そして政府はそのリスクの存在を認識していながら、備えに真剣に取り組んでいない ▶︎「小さな安心を優先させ、大きな安全を犠牲にする」、いわば“安心ポピュリズム”とでもいうべき集団思考と空気が

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〈泥縄だったけど、結果オーライ〉民間臨調が検証した「2020年のコロナ対策」

〈泥縄だったけど、結果オーライ〉民間臨調が検証した「2020年のコロナ対策」

なぜ日本は死者数を低く抑えられたのか? その内実は泥縄式対応の連続だった。「民間臨調」が総括した「日本モデル」の虚構と真実とは——。/船橋洋一(アジア・パシフィック・イニシアティブ理事長) <この記事のポイント> ●今回の日本のコロナ対策について、官邸スタッフは「泥縄だったけど、結果オーライだった」と証言しており、「再現性」はない ●その一方で、官邸と専門家の間での「科学と政治の協業作業」は機能したといえる ●「日本モデル」を自作自演の「成功物語」にさせないことが大切だ

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