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十八歳にして田辺聖子はすでに田辺聖子だった|梯久美子【田辺聖子「十八歳の日の記録」】

十八歳にして田辺聖子はすでに田辺聖子だった|梯久美子【田辺聖子「十八歳の日の記録」】

田辺聖子さんの「十八歳の日の記録」をノンフィクション作家の梯久美子氏はどのように読んだのか。 梯さん お嬢様学校に在学していた田辺聖子 昭和20年4月、数え18歳の田辺聖子は、航空機のボルトとナットを作りながら、せっせと小説を書いていた。 彼女が暮らしていたのは、伊丹線の稲野駅に近い郡是塚口工場の寮である。もともとは絹靴下を作っていたこの工場は、戦時中、飛行機部品工場となっていた。そこに、田辺が在学していた樟蔭女子専門学校(現・大阪樟蔭女子大学)国文科の生徒が動員された

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コロナに萎えた心を奮起させてくれる日記|綿矢りさ【田辺聖子「十八歳の日の記録」】

コロナに萎えた心を奮起させてくれる日記|綿矢りさ【田辺聖子「十八歳の日の記録」】

田辺聖子さんの「十八歳の日の記録」を作家の綿矢りさ氏はどのように読んだのか。 綿矢さん 田辺聖子先生はたくさんの作品を出されているが、亡くなられたあとに見つかった個人の日記だから、読まれると思って書いてないだろうなと思うと、罪悪感がわいた。読むうちにたちまち引き込まれていったが。頭脳明晰さの伝わる、明快な文章で、戦中戦後の日々が綴られていた。

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【田辺聖子「十八歳の日の記録」】没後2年、押し入れから出てきた一冊のノート|田辺美奈

【田辺聖子「十八歳の日の記録」】没後2年、押し入れから出てきた一冊のノート|田辺美奈

――若き日は過ぎ去り易い――。けれども多彩であり、豊なる収獲がある。それ故に、“若き日”は尊い。「空襲」「敗戦」「父の死」「夢」を鮮烈に綴った作家・田辺聖子の76年前の日記発見。 姪の田辺美奈さんが、今回の日記発見に至る経緯を明かします。 白紙に戻した記念館事業 伯母は「絶えず書く人だった」と思う。 生涯、700冊以上の著書を残した作家としての仕事ぶりだけでも、そう言えるかもしれないけれども、私がそのように感じたのは、兵庫県伊丹市梅ノ木にある伯母の自宅を整理した際に出て

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田辺聖子「十八歳の日の記録」――空襲、敗戦、父の死、夢を鮮烈に綴った76年前の日記

田辺聖子「十八歳の日の記録」――空襲、敗戦、父の死、夢を鮮烈に綴った76年前の日記

十八歳の日の記録 昭和二十年四月ヨリ ――若き日は過ぎ去り易い―― けれども多彩であり、豊なる収獲がある。 それ故に、“若き日”は尊い。 *** 2019年6月に他界した小説家・田辺聖子。このたび、彼女が数えの18歳になったばかりの時に「空襲」「敗戦」「父の死」「夢」を鮮烈に綴った日記が発見された。その全文をここに公開する――。 田辺聖子さん

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