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スターは楽し 渡哲也|芝山幹郎

スターは楽し 渡哲也|芝山幹郎

渡哲也 童顔と殺気と放心 渡哲也は水色の背広を着ていた。 本来なら水色のスーツと書くべきだが、当時は上下のセットアップでも背広と呼んでいたので、それに従う。足もとは白い靴。『東京流れ者』(1966)を思い出すと、真っ先に蘇る姿だ。 序盤は水色の背広で、中盤がライトグレー、そしてラストは白いスーツに着替える。細身のタイは、最初が水色、次が明るい茶色で、最後が白。靴はずっと白。より正確に記すとこうなるが、記憶のなかの彼は、いつも水色の背広に身を包み、とっぽい照れ笑いを浮

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【追悼手記】浅丘ルリ子「渡哲也くんと裕次郎さんと私」

【追悼手記】浅丘ルリ子「渡哲也くんと裕次郎さんと私」

「ブー姉(ねえ)、ごめんなさい。ちょっと体の調子があまりよくなくて。今度の食事会は延期させてください」 6月に、律儀にかかってきた電話が、渡哲也さんと女優・浅丘ルリ子さんとの最後の会話になった。本当に弟のような存在だったという渡さん、そして石原裕次郎さんとの日々を振り返る。/文・浅丘ルリ子(女優) 浅丘ルリ子さん ©石塚康之 「ブー姉」と「テッチブー」 「ブー姉(ねえ)、ごめんなさい。ちょっと体の調子があまりよくなくて。今度の食事会は延期させてください」 6月に、彼ら

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