文藝春秋digital

私の安全基地|田中ウルヴェ京

著名人が母親との思い出を回顧します。今回の語り手は、田中ウルヴェ京さん(五輪メダリスト・IOCマーケティング委員)です。 私の安全基地 私の母は今年84歳。ここ数年は肺や甲状腺の手術を受けたので、陽気な母でもさすがに気弱になるかなと思いきや、コロナ禍の自粛生活や父の介護といった心疲れ…

母とエリザベス女王|リシャール・コラス

著名人が母親との思い出を回顧します。今回の語り手は、リシャール・コラスさん(シャネル合同会社会長)です。 母とエリザベス女王 母は父と同じ南仏プロヴァンスのオランジュという小さな町で生まれ育った。幼ななじみのふたりは戦争で離ればなれになったが、数年後にパリで偶然再会。結婚して私と…

稲泉連さんのおふくろの話。

著名人が母親との思い出を回顧します。今回の語り手は、稲泉連さん(ノンフィクション作家)です。 サーカスで働いた理由 母は周囲からいつも、行動が唐突な人だと言われてきたらしい。確かに数年前も突然、「私は那須で暮らすことにした」と言い出し、同世代の知人が共同生活を営む高齢者向けサービ…

恵み深く高潔であれ|松尾貴史

著名人が母親との思い出を回顧します。今回の語り手は、松尾貴史(タレント・コラムニスト)です。 幼稚園の頃、神戸のフラワーロードから三宮センター街、元町の南京町をくねくねと通園していた。帰りは百貨店やら本屋、玩具屋などに寄り道をするので、行きの3倍の時間がかかっていた。しかし土曜日…

馬場あき子さんのおふくろの話

著名人が母親との思い出を回顧します。今回の語り手は、馬場あき子(歌人)です。 2人の母をもつゆたかさ 私の生みの母の記憶は、ほとんど写真に残されたものから構成されている。昭和3年、私を生んだ母はやがて結核を病んだ。当時結核はまだ不治の病とされ、その家の前を通るのも嫌がられていたらし…

石内都さんのおふくろの話。

著名人が母親との思い出を回顧します。今回の語り手は、石内都さん(写真家)です。 母から女へ 母は18歳で自動車免許を取得した。1934年(昭和9年)である。その当時、地方の女性の仕事は女中か、針子が般的だったが、母は手に職をつける為にドライバーを選んだのである。バス、トラック、タクシー…

ほどよく離れて|小島慶子

著名人が母親との思い出を回顧します。今回の語り手は、小島慶子さん(エッセイスト・タレント)です。 ほどよく離れて お互いに良くしてあげたいと思っていても、近くにいるとしんどいので、適度に離れている方が良い関係というのがあります。母と私はそれです。占い好きな母に言わせればそれは私が…

藤田貴大さんのおふくろの話。

著名人が母親との思い出を回顧します。今回の語り手は、藤田貴大さん(演劇作家・マームとジプシー主宰)です。 なつかしい声  母はいつだってきびしかった。ほとんど、怒られているときの記憶しかない。それとおなじくらい、泣いているのもよく見た。なにかと、いつも泣いていた気がする。うれしく…

井上荒野さんのおふくろの話。

著名人が母親との思い出を回顧します。今回の語り手は、井上荒野さん(作家)です。