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【全文公開】名著の出にくい時代 片山杜秀さんの「わたしのベスト3」

慶應義塾大学教授の片山杜秀さんが、令和に読み継ぎたい名著3冊を紹介します。

片山さんver1 (1)

 平成は名著の出にくい時代だったと思う。過剰な現実が学問や文学の想像力を凌駕し、文脈を付ける前に、世界がいつも先に行く。令和に読み継ぎたい本を平成から探そうとすると、まとまった小説や評論よりも、断片的なインタヴューやツイッターや数字の羅列が思い出される。

 現実の過剰性を意識させた出来事に、たとえば平成7年の地下鉄サリン事件があった。大本教事件は高橋和巳の『邪宗門』を生んだけれど、オウム真理教の事件は全体小説的な構想力ではもはや捉まらない。教祖は裁判で何も語らず、彼を取り巻く人々はあまりに多く、皆が勝手な方を向いている。そこから生まれうる本は、関係者へのインタヴュー集くらいのものだ。村上春樹の『約束された場所で―underground 2』のような。この本は物語にならぬカオスへの耐え方を教える。

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 サリン事件から16年後、津波と原発という最悪の組み合わせがこの国を襲う。現在進行形のこのカオスを捉まえた名著は、むろんまだ存在しない。しかし断片からリアルを感じさせる本はある。ハッピーの著した『福島第一原発収束作業日記―3・11からの700日間』のような。ひとりの原発作業員のツイートがひたすら羅列される。何と生々しいことか。それにしても大切な時代の証言の著者が仮名とは!

 平成は事件だけでは語れない。政治なら政治改革。経済ならデフレ脱却。とても長くて、何がリアルでフェイクかよく分からない幾つもの筋書きが渦を巻き、令和に流れ込んでいる。そこで確かにあると言えるのは、政治も経済も数字だろう。GDPとか投票率とか。読売新聞東京本社世論調査部が平成16年に編集した『二大政党時代のあけぼの―平成の政治と選挙』にはたくさんの政治に関する数字が載っている。が、分析は誤っていたのだろう。「あけぼの」の後を、誰も説明も清算もできていない。そして「二大政党」に代わるお題目は令和の政治にない。いつ、どこで何を見誤ったのか。



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