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西寺郷太 小説「'90s ナインティーズ」#15

第三章
Distortion And Me

★前回の話はこちら。
※本連載は第15回です。最初から読む方はこちら。

 1995年8月4日金曜日。

 東京がこの年の最高気温36.3度まで上昇した灼熱の夜。STARWAGON のファースト・フル・アルバム《DISTORTIONS》の発売記念ライヴが、我らがホームグラウンド・下北沢「CLUB Que」で盛大に行われた。「Distortion and me #3」と銘打たれたこのイベントには、彼らの盟友 PEALOUT と、ザ・コレクターズのベーシスト小里誠さんの個人ユニット「Francis」が「対バン」として名を連ねたが、客が開演を待つフロアも百花繚乱。

 PAの前に陣取る僕とカズロウの右手には勢いに乗る新世代ギター・バンド Shortcut Miffy! のヴォーカル沼倉(隆史)君とギタリストの小野ちゃん(小野眞一)が。そして、勝負をかけた究極的にキャッチーな先行シングル〈サマー・キング〉をリリースしたのち、満を持して2週間後にセカンド・アルバム《SOUND》の発売を控えたエレクトリック・グラス・バルーン(エレグラ)の4人まで。フロントマン杉浦英治さん、ギタリスト筒井朋哉さん、ベーシストの奧野「オクジャ」裕則さん、ドラマー角田亮次さん。場慣れした彼らは、このシーンの雄としての余裕に満ちていて、近づいて握手を求めるファンにサービスを怠らない。

 開演ギリギリに、N.G.THREE の新井仁さんが後方奥のバンドマン達が密集したエリアに「おいっすーっ」と軽く会釈をしながらあの無敵の微笑みとともに現れた頃には、STARWAGON 目当てに集まっていたはずの女子達があからさまにキョロキョロしては落ち着かない様子に豹変。それぞれの冷静を保とうとする仕草のわざとらしさは微笑ましいほどだった。

 STARWAGON が海外のシーンと直結するレーベル「クリエイティブマン・ディスク」から全編英語詞のフル・アルバムをリリースする。それは、伝統的に「歌詞」が重要視され「メジャー・デビュー=『大人達』によって何もかも分かりやすく『従来の歌謡曲』メソッドで塗りたくられる」日本の音楽界が変わる予兆のようにも思えた。

 そしてこの夜、Que を訪れたバンドマン達すべてが、まさに今ロンドンでメディアが煽り批判合戦を繰り広げ、互いに火花を散らすブラー対オアシスのブリットポップ頂上決戦に胸を高鳴らせていたことにも触れなければならないだろう。

 イングランド南部のミドルクラス出身、王者ブラーにあからさまに喧嘩を売り続けるマンチェスター出身のワーキングクラスヒーロー、オアシスがデビュー・アルバム《ディフィニトリー・メイビー》をリリースしたのはたった1年前のことだ。1年という短いタームで、ブリットポップの金字塔的サード・アルバム《パークライフ》でその地位を揺るぎ無きものとしたブラーの牙城を、ギャラガー兄弟はそのメディア受けするパンチの効いた悪態と不遜さ、兄ノエルの紡ぐシンプルかつ圧倒的な楽曲クオリティと、弟リアムの天性のカリスマと唄声で崩しかけているのだから。

 8月半ばには、ブラーのシングル〈カントリー・ハウス〉と、オアシスの〈ロール・ウィズ・イット〉が遂に本国で同日発売、直接激突するらしいとの噂。どちらが1位に? まるで1960年代のビートルズとローリング・ストーンズが巻き起こした狂躁とライバル関係のように……。我々は今、未来の音楽ファンが羨むであろうこの上なく刺激的な瞬間をリアルタイムで目撃している、特に若い僕らはそう信じた。ここ下北沢 CLUB Que は、ロンドンでリリースされたシングルが日本で最速でプレイされる場所。それぞれが自分のパッション、置かれた現在地と目前で展開する狂熱を重ね合わせていたはずだ。

 「英語詞」という美学を頑なに守りながら突き進む先輩グループ STARWAGON から溢れ出す祝祭の香りを全身に浴びながら、まるでそれぞれが自分のことのように歓喜のグラスを重ねた夜。今にして思えば、遂に「我々の時代」が到来するという予感を無垢な想いで誰もが分かち合える短い季節だったんだなとも思う。曲の数は地道に増えていたものの、まだバンド活動自体は何一つ軌道に乗っていない僕ですら、何かを成し遂げたような気にさせる、この時期の下北沢の輝きを真空パックしたような夜だった。

 シーン自体が上昇気流に乗っていたことは、これが僕にとって1週間――正確に言えば8日間――で、3回目の PEALOUT ライヴだったことからも窺える。まず PEALOUT は、7月28日に渋谷クラブ・クアトロで行われたエドウィン・コリンズの来日2デイズ・ライヴ初日のオープニング・アクトに、翌日の STARWAGON と共に選ばれていた。

 エドウィン・コリンズはグラスゴー出身のギター・ポップ・バンド「オレンジ・ジュース」のヴォーカリスト、ギタリスト。〈リップ・イット・アップ〉で全英8位のヒットを記録した後、バンドは解散し、ソロ活動に軸足を移す。1994年に発表したレトロ・モダンなシングル〈ア・ガール・ライク・ユー〉が全英、全米共にスマッシュ・ヒット、何度目かの黄金期を迎えていた。

 くしくも数ヶ月前、僕が湧井さんから「池袋のタワーレコードなら、俺のバンドの CD も売ってるんじゃないかなぁ?」と仄めかされ、いそいそと買いに行った時、情熱的な店員による手書き文字で書かれていたのが「世界と共鳴するバンド、我らがスターワゴン! レーベル・メイトのエドウィン・コリンズも絶賛!」という言葉。あの時は正直言ってその名にピンと来なかった僕だが、ともかく凄い人なのだろうとの予測はついた。「エドウィン・コリンズも絶賛!」というポップを書いた張本人が、タワーレコード池袋店でインディーズ・バイヤーとして働いていた PEALOUTドラマー高橋浩司君だったわけだから、彼にとってもさぞかし感慨深い共演だったことだろう。

 7月31日、 PEALOUT は、シークレット・ゴールドフィッシュ、シュガー・プラントと共にここ CLUB Que のステージに立ち、また今夜も。僕はそのすべてのライヴを観て、打ち上げの最後まで参加していたわけだからまさに四六時中彼らと一緒にいたというわけだ。

 しかし、進化し続ける PEALOUT はこの日もとんでもないサプライズで僕に衝撃を与えてくれた。彼らの出番が来て、各種エフェクターやドラムのタムやキック、スネアの簡単なサウンドチェックがギーギー、タン! トゥン! ドドッ! と聴こえ終わると暗がりの中からベース、ヴォーカル近藤智洋さんの姿が淡い照明によって浮かび上がった。次の瞬間、近藤さんはなんと STARWAGON の代表曲であり、アルバム《DISTORTIONS》の冒頭を飾る〈SEE YOU AGAIN〉の最初のフレーズ「I don’t know maybe」と歌い出したものだから僕を含むオーディエンスのすべてが何事かと目を剥いた。岡崎善郎さんの日常を柔らかく切り裂く轟音ギターと高橋浩司君の全身を鞭のように使ってエネルギッシュにぶっ叩くドラムがその直後に同時に襲ってきた。僕の息は20秒ほど完全に止まった。そして、状況を把握した後、隣で観ていたカズロウと見つめあい無言で握手。

 近藤さんの歌う新鮮な〈SEE YOU AGAIN〉があまりにも嬉しくて……。遠くに見えるドンちゃんやその向こうのマイカやモリへーとも「最高やん!」とテレパシー的に視線を合わして意思の疎通。ただし、心地よく爆音に身を委ね「もっともっと」と全身が要求したその刹那。一番サビ終わりで残酷にも〈SEE YOU AGAIN〉は突然カットアウト。即座に彼らは自らの楽曲〈SOLITUDE IN THE FIELDS〉からのメドレーに切り替え、お祭り気分と驚きで高揚する我々客の予測と生理を撹乱。いきなり逆方向に煽動していった。まるで、それは「俺たちは確かに友人であり、お互いにリスペクトし合っている、このシーンは共同体ではあるが、結局のところ弱肉強食のライバルにしかすぎない」と宣言するような冷徹な潔さだった。

 ライヴが終わると、恒例の Que での打ち上げ。湧井さんや上条兄弟の周りにはアルバムの感想を熱く語るバンドマンや女子達が沢山いたので僕は、 PEALOUT 岡崎さんや、エレグラ筒井さんのいるテーブルで呑むことに。ふたりとも、僕にとっては憧れのスーパー・ギタリスト。光栄なことだ。すでに完成したエレクトリック・グラス・バルーンのアルバム《SOUND》のサンプル・カセットを、筒井さんからプレゼントされ何度も聴いていた僕は感動を彼に熱く伝えていた。

「筒井さん、今度のアルバム、マジでやばいです、本当、どこから感想を言っていいのかってくらい。特に筒井さんが作曲した〈ポルノ・マシーン〉の破壊力凄いです」

「あはは、ありがとう、ゴータ、嬉しいよ。やっぱり角田君がドラムに入って初めてのアルバムだしね。気合いはそりゃ入ったね」

 筒井さんは本当に優しい人だった。下北沢で出会った先輩達は皆優しかったが、特に筒井さんとは急速に仲良くなった。ザ・スミスのギタリスト、ジョニー・マーに心酔していた彼のアルペジオや、穏やかな性格から想像もつかないストレンジでエモーショナルなプレイは下北沢ギターポップ・シーンでも群を抜く存在感で。

 エレグラはサニーデイ・サービスと同じミディレコード所属。ミディはメジャーでありながら小規模でファミリー感のあるレーベルだった。初代エレグラのドラマーだった丸山晴茂さんが脱退した後、サニーデイに参加したこともバンド同士の横の繋がりの濃さを示している。しかし、その「近さ」ゆえの悩みも彼らにあるように思えた。今年に入って3月21日にシングル〈御機嫌いかが?/街へ出ようよ〉、4月21日にファースト・アルバム《若者たち》を発表し、雑誌メディアを中心に急速に評価を高めたサニーデイは、明らかにこの下北沢ギターポップ・シーンの「外側」に向けて強烈なインパクトを放ち覚醒していた。急激にレーベル内のプライオリティや周囲の目が、年齢は英治さんの一つ下、ミディ的にはかなり「後輩」に当たる曽我部さん側に傾いていくのが「エレグラ派」の僕ですら感じられた。

 しかし、僕はそれぞれの好みがあまりにもチグハグながらも摩訶不思議なきらめきを放つ、この時期のエレグラ4人のすべてが好きだった。彼らこそが、僕にとって東京のブラーだった。

★今回の1曲ーーELECTRIC GLASS BALLOON −Porno Machine(1995)


(連載第15回)
★第16回を読む。

■西寺郷太(にしでら・ごうた) 
1973年東京生まれ京都育ち。早稲田大学在学時に結成したバンド「NONA REEVES」のシンガー、メイン・ソングライターとして、1997年デビュー。
以後、音楽プロデューサー、作詞・作曲家としてもSMAP、V6、YUKI、岡村靖幸、私立恵比寿中学、「ヒプノシスマイク」など多くの作品、アーティストに携わる。
近年では特に80年代音楽の伝承者としてテレビ・ラジオ出演、雑誌連載など精力的に活動。マイケル・ジャクソン、プリンスなどの公式ライナーノーツを手がける他、執筆した書籍の数々はベストセラーに。
代表作に小説『噂のメロディ・メイカー』(扶桑社)、『プリンス論』(新潮新書)、『伝わるノートマジック』(スモール出版)など。
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