天皇皇后両陛下の「オンライン行幸」 コロナ禍でも国民の中へ
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天皇皇后両陛下の「オンライン行幸」 コロナ禍でも国民の中へ

疫病と戦う人々に思いを馳せ、ご一家3人でカミュの『ペスト』を読んだ。/文・友納尚子(ジャーナリスト)

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▶︎コロナ禍の中、天皇皇后両陛下はご公務においてオンラインをご活用された
▶︎陛下は、はっきりと意識されて「国民」ではなく「皆さん」という言葉をお選びになった
▶︎11月8日に執り行われた「立皇嗣の礼」「朝見の儀」で、雅子さまは17年ぶりに公でのおことばを発せられた

史上初、ビデオメッセージで新年のおことば

昨年12月、コロナ禍による新年一般参賀の中止を受け、天皇陛下がビデオメッセージを公開することが決まった。陛下のおことばは、通常の宮殿ベランダから語り掛けるものよりも、少し長いものになるだろうと周囲は予想した。それは陛下が国民の“皆さん”への思いをメッセージの中に込められるだろうという見方からだった。

陛下は即位後初めてとなった令和元年の一般参賀で、「“皆さん”からお祝いいただくことをうれしく思い、深く感謝いたします」と語り掛けられた。上皇陛下は、「“国民”の祝意を受け、誠にうれしく深く感謝の意を表します」と語りかけていたが、陛下はおことばを準備されるにあたり、はっきりと意識されて「国民」ではなく「皆さん」という言葉をお選びになっていたという。

陛下はまだ20代の頃から、「一番必要なことは、国民と共にある皇室、国民の中に入っていく皇室であることだと考えています。そのためには、できるだけ多くの日本国民と接する機会を作ることが必要だと思います」(昭和60年)と述べられていた。

この「国民の中へ」という言葉を両陛下は今も大切にされ、雅子皇后とも話し合ってこられたという。上皇上皇后両陛下が国民と「寄り添う」ことを大切にされていたのはよく知られているが、両陛下はさらに国民と近い距離で、その中に入っていくことを望まれているというのだ。

「国民の中へ」を実践すべく令和2年を迎えられた両陛下だったが、あいにく新型コロナウイルス感染拡大のため地方へのお出ましがほとんど延期か中止となってしまった。陛下がビデオメッセージを公開するのは初めてのことで、新年のおことばをビデオメッセージにするのも、史上初だった。令和皇室にとっては、大きな変革に迫られた年だった。

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2020年の新年祝賀の儀
(宮内庁提供)

メモが何百冊も

緊急事態宣言が出された4月頃、陛下は異例のベストセラーとなっていたアルベール・カミュの『ペスト』を手に取られた。ペスト流行のため封鎖されたアルジェリアの街で生き抜く人々を描いたこの小説を以前もお読みになったというが、この機に読み返された。雅子さまと愛子内親王殿下にも勧められて、お二人は初めてこの小説を読まれた。

ご一家は、外部から遮断され、孤立状態となった街の中でもがき苦闘する登場人物たちのそれぞれの言行に、ご関心を寄せられたようだった。

4月は、感染症対策については尾身茂氏(当時、新型コロナウイルス感染症対策専門家会議副座長)から、コロナウイルスの強みや弱み、予防薬については厚労医務技監から聞かれた。そして経済への影響については、岩田一政氏(日本経済研究センター代表理事)からご進講を受けられた。

両陛下はご進講の時には、メモを取られることが多い。マスクをされて、ご熱心にメモを取られる姿は、上皇上皇后の時代には余り見られなかったことから、“令和流”と言ってもいいかもしれない。記者さながらにメモを取られながら、現場を知る相手の話を聞かれて、その場で考えた質問をなさるそうだ。

メモは、皇太子時代から数えると何百冊にもなるという。お時間のある時にメモをご自身でデータ化してPCに保存なさる。ジャンルごとに分けられて、次の公務の前に見直されるという丁寧な取り進め方には、いかにも陛下の実直なご性格が表れていた。

両陛下は、コロナ禍の現状を捉えようと努めておられたが、そのご様子は大きく報道されないことから、国民には伝わらなかった。

雅子さまが単独公務でお姿を見せられたのは5月11日のこと。皇居内の紅葉山御養蚕所で「御養蚕始の儀」に臨まれた。

明治以降、歴代の皇后が引き継いできた伝統行事で、養蚕作業は2カ月間に渡って行われる。その間、次第に数が減りつつある養蚕農家の苦労に思いを寄せられ、7月には、育ててきた蚕の繭から紡がれた生糸をご覧になって感慨深かったそうだ。

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野蚕の世話をする上皇陛下と上皇后陛下
(当時の両陛下は天皇と皇后、宮内庁提供)

実は、お住まいの赤坂御所内でも100匹近くの蚕を育てていらっしゃるという。愛子さまが学習院初等科3年時の授業の一環で持ち帰られた蚕を増やされ、すでに飼い始めて10年がたつ。蚕は病気などで全滅しないように2グループに分け、愛子さまはそれぞれにグループ名を付けられて飼育なさっているという。

宮内庁の侍従次長会見では、愛子さまが飼育をなさっているのは、雅子さまが蚕の作業を引き継がせたいからかと継承を匂わせる質問も出たが、次長は「むしろ愛子さまが育てていらっしゃるのを一人の母親としてサポートなさっている」と語った。

沈黙した理由

5月下旬になると、緊急事態宣言が解除された。このタイミングで陛下が国民に向けてメッセージを発表されるのではないかと期待する向きもあった。

背景には、東日本大震災の5日後に、明仁天皇陛下(上皇陛下)がビデオメッセージを発表した印象が強くあった。また、1カ月前の4月には、英国のエリザベス女王が全国的ロックダウン下で過ごす英国民に対し、「私たちはコロナに屈しません」と力強いメッセージを発表したこともあった。

陛下も感染状況を注視されながら、メッセージの可能性についてもお考えになっていた。だが、国難ともいえるコロナ禍は、いったんは感染者数が落ち着いたと見られたが、収束は見通せない状況で政府も対応に追われていた。憲法の規定で政治的権能を持たない天皇がメッセージを発すれば、政府への批判と捉えられかねない難しさもある。結局、陛下はメッセージではなく、8月の全国戦没者追悼式でのおことばの中で、コロナについて触れるという方法を選ばれた。

ご進講の対象は、両陛下のお考えもあり、裾野を広げられた。6月から7月にかけて、感染拡大の影響を大きく受けていた医療、保育、介護、それぞれの分野について現場を知る専門家を御所に招き、話をお聞きになった。知的障害者や身体障害者に関しても、感染予防策や一人一人が感じるストレスなどについての説明に耳を傾けられた。

両陛下にご進講した日本知的障害者福祉協会の井上博会長は、こう振り返る。

「知的障害者は自分の思いを適切に表現するのが難しいので誤解を受けることもありますが、純粋な思いや心の美しさは変わらず、本当の姿が理解されれば、社会の理解に繋がるとお話ししました。すると陛下はご関心を示され、『どのようなところに視点をおいてやり取りすると、本当の純粋さを引き出せるか』というご質問を頂きました。得意なところを伸ばし、社会に発信していくことが大事と申し上げました」

また、井上氏と同席した全国身体障害者施設協議会の日野博愛会長もこう話す。

「コロナが収束した折には、色々な場所を訪ねたいというお気持ちをお持ちのようでした。口に出してはおっしゃらなかったが、たくさんの話を聞かれるよりも現場に行かれて、多くのことを知りたいと思っていらっしゃると感じました」

陛下が初めて公式にオンラインを活用されたのは、8月20日のこと。赤坂御所で「新型コロナウイルス感染症大流行下の水防災に関する国際オンライン会議」をご聴講された。

陛下は、まだ皇太子時代の39歳の時から公務の具体的な内容に関連して、「子どもの教育問題は非常に大切な問題」と会見で述べられている。10月に入ると、両陛下はコロナ下で子どもたちの教育に携わる都教育委員会の教育長、都公立小学校校長会会長、都中学校校長会会長、文部科学審議官らとご接見された。

同席した文部科学審議官によると、「皇后さまは、ステイホームが長くなる中で、児童虐待や罹患者に対する誹謗中傷などの有無、低所得家庭の子どもたちの様子と就学援助についてご質問をなさっていらっしゃいました」という。

両陛下は、小学1年生が入学してすぐに自宅学習となり、その後、分散登校をしてきた時に、学校への期待に胸膨らませて登校してきたという話を聞いて目を細められていたという。

ご接見に上がった小学校校長会会長は「両陛下から教職員へのお労(ねぎら)いの言葉を掛けていただいたことと、子どもたちの状況に関してとても関心を持っていただいていることに感銘を受けました」と話していた。

ご一家の「虫好き」

天皇ご一家の例年の夏の過ごし方は、静養先で海や山の身近な自然に触れることだったが、昨夏は赤坂御用地内をしばしば散策され、その自然に触れられたという。今年中には、赤坂御所から皇居・吹上御所へ引っ越しなさることから、赤坂御用地での限られた時間をご家族で大切にしたい思いもおありだった。

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