コロナ無責任報道を叱る 復活!新聞エンマ帖
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コロナ無責任報道を叱る 復活!新聞エンマ帖

政権叩き、擁護に利用した罪は重い

コロナ下の新たな日常で困りもののひとつは、お籠り生活の中、仕方なく新聞を開きテレビに目をやる時間が増えてしまうことだ。晴れるどころか、さらに鬱々とした気分になるのは筆者だけではあるまい。

まるで駄々っ子の言い草だ。緊急事態宣言など強力な措置を求めておきながら、いざ実行されると経済活動が行き詰まるぞと当たり前の影響をあげつらう。思い悩めば後手だと叩き、結論を出すと拙速だと責め立てる。政権が社会を分断したと決め付けるが、そもそもは自分たち既存メディアが政権擁護と政権叩きとで両極に分かれ、実は分断させた側に立つことの自覚が微塵もない。

だからこそ、コロナ対策を政権維持の道具にするなと正論を吐いておいて、政局記事になるや一転、平気で政権の思惑や戦略を批判もせず垂れ流し、それがおかしいとも思わないのだろう。

8月17日付の各紙朝刊と、その夜に内閣記者会が行なった菅義偉首相会見が象徴的だ。

4度目の緊急事態宣言をもってしても、収束するどころか爆発的な感染拡大が続く。閉幕した東京五輪も内閣支持率を底上げせず、菅首相は宣言の再延長に追い込まれた。

打つ手はもうないのか。国民が知りたいのはその一点だったはずだ。

ところが、当日の産経朝刊の1面トップは「衆院解散 総裁選後の公算」だ。「緊急事態 来月12日まで」は脇見出しに退く。

産経は「アフガン政権崩壊」という弩級の国際ニュースさえ左肩に追いやって、再延長がただ玉突きのように起こすだけとしか思えぬ総選挙先送りという「政局話」を最重視してみせたのだ。

ただ、読売の1面にも脇の見出しに「首相 9月解散 難しく」とあった。なるほど、そんな詰まらぬことで頭が一杯の権力亡者の実態を暴こうとしたのか、と思い直した。だが期待は会見で裏切られた。

幹事社質問とやらで2番目に立った産経の記者は、まさかの手緩い質問だ。自社の報道を踏まえて「よもや、9月解散など考えてはいないでしょうね」と質すかと思いきや、総選挙の感染拡大リスクを指摘しつつ今年10月の衆院議員の任期満了を待って「選挙を行うという考えというのはございますでしょうか」と、もって回った調子で尋ねるばかり。

読売の記者の質問も、総裁選で再選を目指したうえで秋以降も「国家運営を担われるというお考えでよろしいでしょうか」と、これまたまどろっこしい。「こんな有り様でまだ政権がもつとお思いか」と迫るのならまだ分かるが。

ただでさえ政権擁護派と目される両紙が、衆人環視の会見で温い追及に終始する神経を疑う。だが、コロナ対応を巡る他社の質問もおしなべて「方針お伺い」の域を出ず、肝心の「打つ手はあるのか」といった切迫感のある質問が現れない。

せっかく一国の指導者に直談判の出来る場なのに、本音を引き出すのではなく建前を語らせるのが今の記者の流儀なのか。会見で当てられなかった朝日は、首相が「記者団の質問に正面から答えなかった場面が散見される」と指摘した質問を書面で送ったというが、そもそもは記者団が「正面から聞いていない」方が深刻な問題だろう。

だが、最初からこんな有り様だったわけでもないのだ。都合4回あった緊急事態宣言時の朝日の紙面を読み返すと、コロナ禍と紙面が連動して悪化、混乱したことが分かる。主な見出しを元に振り返ってみよう。

①菅義偉首相 (1)

菅首相

コロナと共に“症状悪化”

*1回目 2020年4月8日(安倍晋三前政権下)

1面=「緊急事態宣言」「都の休止要請先 国が難色」、「長い闘い 行動変えるとき」(論文)

2、3面=「生活 どう変わる」「経済対策 効果は」

4面=「108兆円経済対策 不満続々」「与党『もらえぬ人多い』野党『不公平ダメ』」

社説=「危機乗り越える重責自覚を」

社会面=「首都圏警戒 最大」「感染封じ 正念場」

最初は総じて、冷静に政権の対策を整理し吟味する姿勢が鮮明だったのだ。1面のゼネラルエディター論文も拙速批判に与せず「一定の時間をかけたということは政権が権力の行使を慎重に判断した結果」と評価するなど、今からすれば初々しいとさえ思える落ち着きぶりだ。

ところが、次から一転する。

*2回目 2021年1月8日(菅義偉政権下 以下同じ)

1面=「緊急事態 再宣言」「首相『1カ月で改善へ全力』」

2面=「苦肉の宣言 見えぬ収束 政権ちぐはぐ 都も後手」「1カ月後解除 専門家『困難』」

4面=「『遅きに失した』『説明を』」「野党から批判相次ぐ」

社説=「感染抑止に総力あげよ」

社会面=「再び宣言 疲弊する街」「感染拡大 止められず」「東京五輪 開催危ぶむ声も」

つまり「後手」批判と「疲弊する街」という相矛盾する訴えが常套句として同時に載り始めたのだ。社説も冒頭で「場当たり的な対応で感染者を急拡大させた」と政権を糾弾しておきながら、末尾で「強制的な手段に前のめりになる」ことを戒めるといった自己矛盾を起こしている。

内部矛盾は、さらに加速する。

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「総力戦」で政権打倒を図る

*3回目 2021年4月24日

1面=「緊急事態 3度目宣言」「首相『GW 短期集中で強力な措置」、「解除 期間ありきでない目標を」(論文)

2、3面=「『強く短く』効果どこまで」「『5本柱』『まん延防止』不発」「五輪と宣言 切り離し躍起」「シナリオ狂い 無観客も視野」

4面=「重点措置でも酒提供せぬ要請」「私権制限 野党は問題視」

社説=「危機直視し今度こそ抑止を」

社会面=「休業『これが最後に』」「飲食店『1年頑張ったが…生殺し』」

建設的な提案が全くないわけではない。1面の東京科学医療部長論文は「期間ありきではなく」1日当たりの感染者数など「具体的な解除の目標を立てる」よう提起する。ただし主流はやはり社説の方で、東京五輪を特記して「感染症対策に関する判断が、政治的な思惑で左右されるようなことがあってはならない」と断じた。感染拡大の危機をよそに、コロナ問題を五輪と結び付けてもって政権批判の種とする「政局化」へと辿り着いたと言えよう。

その完成形がこれだ。

*4回目 2021年7月9日

1面=「4都県 五輪無観客」「東京 4度目緊急事態」

2、3面=「首相裏目 宣言下の五輪」「『ワクチンで抑制』崩れたシナリオ」「観客数 迷走の果て」

4面=「野党、五輪前国会求める」「首相、議運出席にも応ぜず」

社説=「矛盾する『発信』に懸念」

社会面=「五輪は、やるのに」

もはや1面のトップさえも「宣言」を退けて「五輪」にしてしまっている。コロナ禍そのものへの危機感は遠景に退き、野党の国会開会要求にも「五輪前」の冠を付けて、あたかも総力戦で政権打倒を図る気満々としか思えない。

もちろん、こうして振り返るだけでも、約束した感染拡大の抑え込みを次々と不発に終わらせた安倍、菅両首相の罪深さは確認できた。菅首相退陣の可能性さえ取り沙汰されるようになった経緯もまた、紙面でよくわかった。その意味で、東京五輪の成功を政権浮揚に使おうとした権力者の思惑を暴き指弾するのも、新聞の当然の責務だったとは思う。

だが、自ら政権打倒の「政局」に身を投じた結果、五輪の中止・開催と政権への批判・擁護とを完全に重なり合わせてしまい、メディア全体がただ2つの陣営に分かれて叩き合う不毛な結果になった。当初はあった国民と危機感を共有して穏当な解決策を探るもうひとつの責務は忘れ去られたのだ。コロナ禍がもたらす世間の不安感や徒労感と逆行した紙面づくりが罪悪でなくて何であろう。

それは何よりも、社論を代表する無署名の社説に明らかだ。

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社説が社会を分断した

この間注目を集めた記事を1本選ぶならやはり、東京五輪の中止を菅首相に敢然として求めた朝日の5月26日付社説になるだろう。

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