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健康寿命を延ばしても医療費は減らない 超高齢化社会に必要な医療とは何か

文・康永秀生(東京大学大学院医学系研究科教授)

 政府は「全世代型社会保障改革」において、予防医療や健康寿命延伸に焦点を当てる姿勢を鮮明にしている。2019年3月に開かれた未来投資会議では「全世代型社会保障における疾病・介護の予防・健康インセンティブ」について議論され、予防医療に積極的な自治体へ交付金を配分する制度の拡充などを検討するとした。

 予防医療を推進すること自体は、正しい政策である。大前提として、予防医療は絶対に重要である。なぜなら、予防医療は人々の健康というかけがえのない価値の増加につながるからだ。

予防は医療費を削減できない

 しかし、予防医療を推進する政策に、「医療費削減」という目標を盛り込んでいるとすれば、それは全く見当違いである。予防医療によって、短期的に医療費を削減することはできても、長期的に見れば医療費は削減できないばかりか、むしろ増加する可能性もある。

 がんも心臓病も脳卒中も、最大のリスク因子は「加齢」である。禁煙やメタボリックシンドロームの予防によって、人々は若いうちに病気にかかるリスクを低減できる。しかし、人はいつか「加齢」が原因となって病気にかかり、その時に医療費がかかる。つまり、予防医療は医療費がかかるタイミングを先送りしているだけであって、生涯にかかる医療費の総額を削減できない。

 最も効果的ながんの予防法は、禁煙である。喫煙者と非喫煙者を比較すると、喫煙者の方が60歳ぐらいまでにかかる医療費は高くなる。しかし、定年退職以降も含めた一生涯にかかる医療費は、むしろ非喫煙者の方が高くなる。なぜか? 喫煙者は早死にするリスクが高い。亡くなった後、医療費はかからない。非喫煙者の一生涯にかかる医療費の総額は、長生きした分だけ、むしろ少し高くなる。

 だからと言って、喫煙を正当化することは全く本末転倒である。禁煙対策は絶対に推進しなければならない。確実に健康寿命を延ばせるからだ。

 同じ理由は、他のがん予防対策やメタボ予防対策にもあてはまる。がん検診は(一部を除いて)がん死亡率を低下させるから、絶対に推進すべきだ。しかしがん検診は、がんにかかる医療費の総額を確実に増大させる。

 予防医療は、医療費を削減するためにやっているのではない。お金をかけて、国民の健康寿命を延ばすためにやっている。すなわち、人々の健康というかけがえのない価値を守るための投資である、と考えるべきである。

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