見出し画像

藤崎彩織 ねじねじ録|#11 ねぎらい夫婦

デビュー小説『ふたご』が直木賞候補となり、その文筆活動にも注目が集まる「SEKAI NO OWARI」Saoriこと藤崎彩織さん。日常の様々な出来事やバンドメンバーとの交流、そして今の社会に対して思うことなどを綴ります。

Photo by Takuya Nagamine
■藤崎彩織
1986年大阪府生まれ。2010年、突如音楽シーンに現れ、圧倒的なポップセンスとキャッチーな存在感で「セカオワ現象」と呼ばれるほどの認知を得た4人組バンド「SEKAI NO OWARI」ではSaoriとしてピアノ演奏を担当。研ぎ澄まされた感性を最大限に生かした演奏はデビュー以来絶大な支持を得ている。初小説『ふたご』が直木賞の候補になるなど、その文筆活動にも注目が集まっている。他の著書に『読書間奏文』がある。

★前回はこちら
★最初から読む

ねぎらい夫婦  

 あれはまだ結婚前のことだ。
 予定していたミーティングが急遽無くなり、暇になった時間に当時付き合っていた夫の家に遊びに行った事がある。
 驚かせようと何の連絡もせずにドアノブに手をかけてみたら、夫は不在だった。合鍵を貰っていたので、ドキドキしながら「いない間に洗濯物でも畳んで置いてあげよう」と部屋を覗いてみると、寝室はベッドメイクが施され、床は埃ひとつなく、ホテルのように綺麗に整えられていた。
 私はあまりの清潔さに言葉を失いつつ、その時に初めて、自分の為だけにベッドメイクをする人間がいるという事を知ったのだった。

 夫とはそろそろ出会って10年になるけれど、その綺麗好きには何度も驚かされている。
 タオルを色別のグラデーションで並べているのを見た時は、
「えっ何で? 何の為に?」
 と真顔で聞いてしまったし、こだわりの銘柄の下着を全て同じ大きさに畳み、等間隔で陳列している姿を見た時は、本当にこの人と一緒に暮らせるのかと不安に思った。
 ご飯を冷凍すれば全て美しい正方形に整え、調理器具を買えばステンレスや木材などの素材ごとに配置する。
 歩いた場所がどんどん綺麗になる。出会ってからの夫はずっとそんな人だった。

ここから先は

1,298字
noteで展開する「文藝春秋digital」は2023年5月末に終了します。同じ記事は、新サービス「文藝春秋 電子版」でお読みいただけます。新規登録なら「月あたり450円」から。詳しくはこちら→ https://bunshun.jp/bungeishunju

文藝春秋digital

¥900 / 月

月刊誌『文藝春秋』の特集記事を中心に配信。月額900円。(「文藝春秋digital」は2023年5月末に終了します。今後は、新規登録なら「…

「文藝春秋digital」は2023年5月末に終了しました。今後は「文藝春秋 電子版」https://bunshun.jp/bungeishunju をご利用ください