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それでも“中間”が重要な理由…「軍隊からの安全」と「軍隊による安全」|辻田真佐憲

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※本連載は第21回です。最初から読む方はこちら。

「冷笑主義」「どっちもどっち論」という言葉がある。「右も左もどちらも同じ」と高みの見物を決め込むものにたいする批判として、おもにネット左翼によって使用される。とはいえ実態としては、気に入らないものへのレッテルと化しており、ネット右翼がいうところの「反日」や「パヨク」と大差ない――というと、たちまち憤怒とともに投げつけられる、そんな言葉だ。

 以前から述べているとおり、筆者はこのような考えに批判的で、さまざまな問題があるにせよ、試行錯誤しながら、できるだけ健全な中間を志向するべきだと考えている。「極端でなにが悪い」という開き直りは、結局のところ、独善的で上滑りした主張に陥るからである。

 もとより中間とは、なんとなく真ん中を取ればいいという、抽象的な話ではない。今回は「軍隊からの安全」と「軍隊による安全」というふたつの概念から、このことを考えてみよう。これは、日本では自衛隊を(一種の軍隊と仮定した上で)論じるときによく用いられる。

「軍隊からの安全」とは、シビリアン・コントロールなどにより、軍隊の暴走から市民社会が守られていることをいう。昭和戦後期は、戦争の記憶が生々しかったので、自衛隊を論じるときにもこの考えがきわめて強かった。「歴史の教訓を活かし、軍部の横暴を繰り返させてはならない」というのが典型だ。

 これにたいして、「軍隊による安全」は、軍隊の存在により、市民社会が他国の侵略などから守られていることをいう。平成に入り、自衛隊が災害救助などで盛んに活躍し、広く報道されたことにより、この考えが急速に台頭した。「自衛隊さん、ありがとう」などという言葉は、いまやメディア上でも珍しいものではなくなった。

 20歳以上の男女に尋ねると、自衛隊への信頼度は5段階評価で平均3.8に達するという。これにたいして、国会議員は2.5、官僚は2.6、大企業は3.0などと軒並み低い(中央調査社「『議員、官僚、大企業、警察等の信頼感』調査」)。いまや日本は、軍隊がもっとも信頼されている国となっているのである。

 では、「軍隊による安全」一辺倒でいいかといえば、そうではない。たしかに、昭和戦後期の日本では、「軍隊からの安全」が重んじられすぎた。70年代、革新自治体の一部で、自衛官の住民登録が拒否されるなど、明らかな人権侵害さえ行われていた。そのような行為に加担していたものは、深く反省しなければならないだろう。

 しかし、その反動で「軍隊による安全」ばかり強調されるのでは、あまりに単純すぎる。軍隊は聖人君子の集団ではない。古今東西、さまざまな問題も引き起こしてきた。とりわけ厄介なのは、軍隊は比類なき武力を有するため、いったん暴走すると、なかなか手がつけられなくなることだ。クーデタなどを思い起こすとわかりやすい。その適切な制御にこれまで人類が脳漿を絞ってきたのも、このためにほかならない。

 それなのに、いまや空前の人気を誇る自衛隊の威を借りて、「お前は災害に遭っても自衛隊の助けを求めるな」などと叫び、「軍隊からの安全」という人類の英知を説くものを脅しつけるのは、かつて左翼が強かった時代に、時代の空気に付和雷同して、大した考えもなく、自衛隊バッシングに耽溺していたものとほとんど変わらないのではないか。両極端の言動は、イデオロギー的に離れているように見えて、じつは限りなく相似形なのである。

 日本における自衛隊の存在を考えるときには、「軍隊からの安全」と「軍隊による安全」の両方を配慮しなければならない。つまり、ここでバランスが重要になってくる。

 このように中立的な思考とは、きわめて具体的かつ実践的なものだ。もとよりそれは、たんに平均を取ればいいという話ではない。時代の変化を見極めながら、こここそが健全な中間という場所を絶えず求め続けなければならない。その柔軟な思考、試行錯誤こそ、中立的な思考の核心である。

 これにくらべれば、「冷笑主義」「どっちもどっち論」という言葉は、なんとワンパターンなことか。いまやSNS上のハッシュタグ運動に少しでも疑問を呈しただけで、リベラルとされる知識人さえ罵詈雑言を投げかけられるほど硬直してしまっている。われわれは、ネット右翼という病だけではなく、ネット左翼という病からも脱しなければならない。これはまた歴史を見るときも同様なのである。

(連載第21回)
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■辻田真佐憲(つじた・まさのり/Masanori TSUJITA)
1984年、大阪府生まれ。作家・近現代史研究者。慶應義塾大学文学部卒業、同大学院文学研究科中退。政治と文化芸術の関係を主なテーマに、著述、調査、評論、レビュー、インタビューなどを幅広く手がけている。著書に『天皇のお言葉』『大本営発表』『ふしぎな君が代』『日本の軍歌』(以上、幻冬舎新書)、『空気の検閲』(光文社新書)、『文部省の研究』(文春新書)、『たのしいプロパガンダ』(イースト新書Q)、『愛国とレコード』(えにし書房)などがある。監修に『満洲帝国ビジュアル大全』(洋泉社)など多数。軍事史学会正会員、日本文藝家協会会員。

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