【62-WITHコロナ】の時代 最も頭の悪いウイルスでさえ 最も頭のいいウイルス学者より賢い
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【62-WITHコロナ】の時代 最も頭の悪いウイルスでさえ 最も頭のいいウイルス学者より賢い

文・近藤一博(東京慈恵会医科大学ウイルス学講座教授)

“コロナうつ”

最も頭の悪いウイルスでさえ、最も頭のいいウイルス学者より賢い――。

これは昔からウイルス学の世界で言われてきた言葉です。

それにしても、今年はウイルスに明け暮れた1年でした。新型コロナウイルスの感染拡大を受けて、世界では多くの人が命を落とす一方、“うつ症状”に見舞われる人も続出しました。慣れない在宅勤務や不要不急の外出制限から来る運動不足、何より先が見通せない不安に起因する“コロナうつ”と呼ばれる病態です。直接的な感染症ではないものの、コロナウイルスの存在が副次的に人の体に作用して、うつ症状という病態を作り出した、と見ることができるでしょう。

これまでもうつ病は、そうした生活環境の変化(悪化)が精神にダメージを及ぼしたことで起きる病態――と捉えられてきました。つまり「うつ病とは精神が病んだ状態」というのが共通認識だったのです。

うつ病の約8割はウイルス感染症

しかし私は、うつ病という「目に見える病態」が、「気の病」とされることに引っ掛かりを感じていました。何か別の、もっとはっきりとした原因もあるはずだ、と考えて研究を続けた結果、ついに発症因子に行きついたのです。それは、誰もが体内に持っている“あるウイルス”による仕業――。うつ病の約8割は、ウイルス感染症だったのです。

うつ病の発症要因がウイルスだなんて、誰も想像もしなかったことでしょう。でも、ウイルスは、想像以上に私たち人間と深い関係を持っているのです。そのことを、「うつ病とウイルス」の関係性を見ながら解き明かしていきたいと思います。

うつ病の原因となるウイルスは「ヒトヘルペスウイルス6(HHV-6)」です。ヒトヘルペスには8つのタイプがあります。1番は「口唇ヘルペス」、2番は「性器ヘルペス」、3番は「帯状疱疹ヘルペス」などと呼ばれ、どれも人間の身の回りにいるどころか、私たちの体内に棲みついているお馴染みのウイルスです。この中の「6番」のウイルスはほぼすべての人が赤ちゃんのうちに感染し、発熱と突発性発疹を発症しますが、症状が治まると排除されることなく、体内に潜伏し続けます。そして、宿主(しゆくしゆ)である人間が疲労を感じた時に、唾液の中に沁み出てくるだけで、基本的には悪さはしないことが分かっていました。

では、なぜHHV-6は、宿主が疲労を感じると唾液に出てくるのでしょう。ここにウイルスの壮大な戦略が秘められているのです。

ウイルスは細胞を持たない生命体です。自分では増殖ができないので、何らかの動物や昆虫、植物、さらには細菌などにも感染し、その細胞に棲みつくことで初めて増殖し、遺伝子を残すことができるのです。

生命体にとって最大の存在意義は、自分の遺伝子を残すことです。人間のように職業や趣味を持たないウイルスは、遺伝子を絶やさず伝承することだけを考えて生きています。そして、人間を宿主として選んだHHV-6は、自らの遺伝子を残すうえで、「唾液」が役立つことに気付いたのです。

HHV-6に限らずウイルスにとって、宿主の死は自らの死を意味します。宿主に元気で長生きしてもらうことこそが、彼らにとっての幸せなのです。そのため、本来の宿主の体内にいる限り宿主の健康にダメージを及ぼすことはありません。

ウイルスの多くは棲みつく先が限定されます。人間に付くウイルスは人間だけ、ブタに付くウイルスはブタだけ、と住処は決まっているのです。HHV-6の住処は人間だけです。

今回騒ぎになっている新型コロナウイルスの本来の宿主はコウモリと言われています。したがってこのウイルスは、コウモリの体内にいる限り悪さはしません。何かの間違いで人間の細胞に棲みついてしまったから、驚いて暴れているのです。

毎年秋から冬にかけて猛威を振るうインフルエンザウイルスも、本来はカモと共生するウイルスです。カモの細胞にいれば幸せに過ごせたのに、人間に感染する仕組みができたことで混乱を招くことになった……。これは人間だけでなくウイルスにとっても不幸な出来事なのです。

ウイルスの種の保存戦略

ここで多くの人がウイルスに対して持っている誤解を解いておく必要があります。それは「ウイルスの毒性」です。

よく「このウイルスは毒性が強い」などと口にする人がいますが、あれは誤りです。ウイルスは毒性など持っていません。多くの人が毒性と思っているのは、体内に入り込んだウイルスを排除しようとして起きる免疫反応で、ウイルス自体が人間の体に悪さをしているわけではないのです。「毒性が強い」のではなく「免疫反応が強い」のです。ウイルスの味方をするわけではありませんが、彼らは濡れ衣を着せられています。ここはぜひ覚えておいてほしいところです。

話をHHV-6に戻しましょう。HHV-6は本来人間を宿主とするウイルスなので、最初の発疹や発熱期を過ぎれば、あとはおとなしくしています。彼らにとって人間は「下宿のおばさん」のような存在なので、なるべく長く共存していたいのです。

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