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人びとの政治参加を促す「健全な保革分断」とは?|三浦瑠麗

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※本連載は第47回です。最初から読む方はこちら。  

 前回は、自民党の政治家たちが改憲に反対する敵=護憲左派を抱えておくことの有用性に気づいていたのではないかという話をしました。

 仮に憲法改正が実現し、米国の撤退傾向に伴う日米関係の変質によって、日本の自主防衛と同盟強化が矛盾なく定着していけば、経済的な対立軸と社会的な対立軸が主要な左右対立を代表するようになる可能性もあります。ただし、それが近い将来に起こるとはいいがたい。そして、もし起こったとすれば自民党の退潮につながる可能性もあるのです。

 日本では非正規雇用の労働者と正規雇用の労働者の間に不平等が存在しますが、全体としてみれば他の先進国に比べて格差が開いておらず、むしろピケティの『21世紀の資本』では例外事例として語られるような国です。それゆえに政治も民情も安定しており、他の先進国のような危機には直面していない。憲法と同盟の問題が人々を分断する日本では、経済政策が重要な政治的争点ではないために中間的な落としどころの政策が追求されやすく、結果として極端な政治勢力が台頭する機運にも乏しいことは、本連載でこれまで振り返ってきた通りです。

 憲法と同盟をめぐる保革対立の裏では、大衆から乖離したところで利益誘導政治が行われていきます。公務員や、諸団体に加盟して積極的に政治活動するような人は別として、多くの人はその利益誘導政治を自らとは関係のないものとみなしがちでした。その結果、政治には悪いイメージが付きまとい、特定の利益団体とつながりのない個人の間で政治不信や無関心が蔓延します。とはいえ、そうした既存政治批判がマグマのようにたまっていても、経済階層や人種などによる明確な分断がない日本社会では、特定政党への支持には直結しにくい。一回や二回、人気を博する政党が登場しても持続可能性がないのはそうした理由によるところが大きいのです。完全なるポピュリズム勢力が台頭して日本政治をひっかきまわしていないのも、政治に関心のある一定程度の層が頑固に同盟と憲法をめぐって論争を繰り広げているからです。

 保革対立の中間にいる無党派層の支持がどこに吸い込まれるかによって政治の命運が決まることを見抜いた小泉純一郎首相は、「自民党をぶっ壊す」という主張を通じて大衆的人気を博しました。この小泉スタイルは、自民党の終わりの始まりと当時評されましたが、民主党政権の失敗を経てむしろ自民党を救うための重要な手法となります。

 民主党政権の誕生と失敗という変化をいったん経験しなければ、人々は変化を必要としない社会に納得しなかったでしょう。民主党が失敗した後に、人々は再び自民党へと目を向けます。そして第二次安倍政権以降、無党派層の動員は、自民党の終わりなき自己改革、絶え間ない行革運動というかたちで自民党政治に存在意義を与えたのです。

 しかし、保守からの改革には弱点がつきまといます。主なものを挙げれば、世間の総意に引きずられることと、国際的な評判や成長以外の理由で改革しようとする動機を欠いているところです。保守からの改革は、秩序を壊さずに能力とマーケットに基づいて切磋琢磨するモデルを取りがちで、グローバル化に対応して国家としての競争力を身に付けることを重視するが、根源的には人々に根付いた価値観を変えようとまで思っていません。

 問題は、今のところ日本では保守に対して改革の効用を説く形でしか改革を通す道筋を見つけられないことです。政権交代が起きないことで革新はますますシングル・イシューの異議申し立てに偏り、保守は急進的な改革を避けつつ、短期的に「改革を進めている」という雰囲気を醸し出すのに長けています。

 かつて流行った「政権交代」という言葉は、現時点ではむなしく響きます。革新が政権を担い、秩序維持よりも機会格差の縮小に重点をおいた政策を実現すれば、次に政権を担う保守政権はその改革の果実の上に新たな均衡を打ち立てて整合性をとるだろう、というのが当時の仮説でした。政権を奪還した保守はすでに変わってしまった社会を前提に政策を組み立てますから、革新が残した果実も受け継がれることになります。これが二大政党による政権交代の良いところであり、日本はその方向へと向かっていたはずでした。

 しかし、民主党政権の失敗は政権交代に悪い印象ばかりを残しました。日本においてただでも弱い革新は分裂の道をたどり、改革者としての旗印も政策の方向性も失って漂流します。そして、自民党が改革の旗印と政策の整合性を共に担当し、半ば独占するようになりました。菅義偉政権は、幾つかの具体的な分野において行革を断行する構えを見せています。2050年までのゼロエミッション宣言とそれに紐づいた規制の総点検をすでに始めているところが象徴的です。

 菅政権の改革の成否は別として、人びとに政治参加を促し、政治を活性化させようと思うのならば、あらためて利益誘導政治に基づかない健全な分断とは何かを考えなければならないでしょう。分断を厭うのではなく、分断の中身を見極め、そして将来における分断の在り方を考えることが必要なのです。

★次週に続く。

■三浦瑠麗(みうら・るり)
1980年神奈川県生まれ。国際政治学者。東京大学農学部卒業、東京大学大学院法学政治学研究科修了。東京大学政策ビジョン研究センター講師を経て、現在は山猫総合研究所代表。著書に『日本に絶望している人のための政治入門』『あなたに伝えたい政治の話』(文春新書)、『シビリアンの戦争』(岩波書店)、『21世紀の戦争と平和』(新潮社)などがある。
※本連載は、毎週月曜日に配信します。
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