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情報技術によるリープフロッグでは、ビジネスモデルが重要/野口悠紀雄

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※本連載は第38回です。最初から読む方はこちら。

 これまで、リープフロッグの実例をいくつも見てきました。

 最近では、中国やアイルランドなどそれまで遅れていた国が、インターネットという新しい技術を駆使して世界の先頭に立っています。

 同じような現象は、19世紀後半から20世紀初頭にかけても見られました。産業革命を実現したイギリスが電気という新しい技術に対応できず、新しく産業化したドイツやアメリカがイギリスをリープフロッグしたのです。

 これらの例からわかるように、リープフロッグは、インターネットや電気のような新しい技術、しかも一般的に広く使われる技術(GPT)の登場によって生じます。

 ところで、新しい技術さえあれば必ずリープフロッグができるかというと、そうではありません。新しい技術を収益化するビジネスモデルが必要です。

 このことは、とくにインターネットのような情報関連の技術について顕著に生じることです。

 あらゆる技術についてこのことがいえるわけではありません。例えば電気です。電車は蒸気機関車のように煙を出したりしませんし、工場でモーターを動力として使えば、蒸気機関より安いコストで大量に作ることができます。この場合には、新しい技術が古い技術より優れているために、それが導入されるのは当然のことなのです。

 しかし、情報関連の技術については、新しい優れた技術であっても、それを用いて収益を上げる仕組みを作らないと、商業的に成り立たない場合が多いのです。このため、その技術は普及しません。

 したがってリープフロッグを実現するために、技術そのものだけではなく、その技術に合った新しいビジネスモデルが必要です。

 適切なビジネスモデルを確立した企業や人々が、あるいは、新しいビジネスモデルを確立した技術体系が、それを確立できなかった企業や人や技術を「飛び越える」という事態が頻発するようになったのです。

◆なぜ情報でビジネスモデルが重要か?

 「適切なビジネスモデルがないと収益を上げられない」というのは、「情報」という財が特殊な性格を持っているからです。

 一般の財や対人サービスの場合には、利用者から直接に料金を徴収するのは簡単です。

 情報や知識についても、料金を払わない人を排除することができれば、利用者から料金を徴収できます。

 例えば、演劇や音楽演奏などでは、入場料を払った人だけを劇場に入れることによって、それが可能になります。このビジネスモデルを、「直接料金徴収型」または「囲いこみ型」と呼ぶことにしましょう。

 新聞、雑誌、書籍などで提供する情報についても、同じ方法が取られてきました。この場合には、情報が印刷物というモノに体化されているので、料金の徴収が可能です。料金を払わない限り、印刷物が手にはいらないようにすればよいからです。

 ただし、情報の場合は、一般の財や対人サービスと違って、料金を払わない人の排除は、完全にはできません。例えば、印刷物を回し読みすれば、料金を払わなくても内容を読めます。

 映画の場合にも、演劇や音楽演奏と同じように、料金を払った人だけを映画館に入れる仕組みで、料金を回収できます。

 出版、雑誌、新聞、映画などが商業的に成立することができたのは、このためです。

 こうして、情報に関しても、「直接料金徴収型」のビジネスモデルは、機能し続けたのです。

◆ラジオが変えた情報のビジネスモデル

 「直接料金徴収型」が大きな障害に直面したのは、無線で情報を伝えられるようになったときです。

 1902年、イタリアの研究者で発明家のグリエルモ・マルコーニが、大西洋を超える無線通信に成功しました(1901年の送信が最初との説もあります)。

 無線という手段によって、技術的な観点だけからいえば、きわめて多数の視聴者に向けて放送することが可能になりました。

 しかし、その半面で、料金の回収は難しくなったのです。

 1906年には、民間のラジオ放送が開始されました。しかし、これは商業的に成り立たなかったのです。

 なぜなら、無線放送の場合には、「料金を払わない人は受信できないようにする」ということができないからです。したがって、「直接料金徴収型」のビジネスモデルは使えません。

 このため、無線の主たる用途は、船舶との間の連絡や軍事利用でした。

 もちろん、これは、重要な用途です。

 1912年にタイタニック号の遭難事故が起こりましたが、このときに、無線の絶大な力が認識されました。付近を航行中の船舶がタイタニック号の救援無線を受信して現場に駆け付けて救助できたからです。

 また、軍事利用の効果も絶大でした。1904年の日本海海戦で、日本郵船の貨客船信濃丸は、仮装巡洋艦として哨戒にあたっていました。5月27日深夜に、五島列島近くでバルチック艦隊と接触、「敵艦見ゆ」との無線通報を送信しました。

 ウラジオストックに至るバルチック艦隊のルートは3つあり、これらのどれが取られるかによって、日本艦隊が取るべき対応は大きく異なります。信濃丸の情報は、海戦の帰趨に重大な影響を与えるものであり、ひいては、日本の歴史にとって重大な意味を持つものだったのです。

◆放送は商業的に成り立たなかった

 他方、この頃「放送」に用いられていたのは、電話です。

 当時、「電話放送」がヨーロッパの大都市で行なわれました。電話であれば、料金を支払った人だけを対象にすることができるからです。

 しかし、電話では、十分多数の人たちに向かって放送することはできません。

 つまり「コストを料金で回収する」というビジネスモデルにこだわっている限り、「電気的手段で情報を伝える」という新しい技術を十分に活用することができないのです。

 これを解決するために、さまざまな試みが行なわれました。

 例えば、特定の受信機でしかラジオ放送を受信できないようにし、その受信機の販売収入でコストを回収するといった手法です。

 実際、マルコーニは、無線通信会社を設立し、自社の装置間でしか通信できないようにしようとしました。しかし、これはうまくいきませんでした。無線という技術は商業化できなかったのです。

 さまざまな試みの一つとして、ラジオ受信機の売り上げによって放送サービスの費用を賄うというものもありました。

 この方式を採用したのが、ラジオ機器のメーカー、ウエスチングハウス社です。同社は、1920年に放送免許を取得してKDKA局を開設し、ピッツバーグで放送を始めました。これは、最初の商業放送局と言われます。同社は、その後、いくつかの都市にラジオ局を開設しました。しかし、時代を変えるほどインパクトにはなりませんでした。

◆フリーのモデル

 ところが、この問題に対して、WEAF局(AT&Tが所有)が新しいビジネスモデルを確立しました。それは、番組の間に広告を流し、広告料収入で放送費用を賄う方式です。1923年のことです。

 広告という手法は、それまでもなかったわけではありません。新聞・雑誌などでは、古くから使われていました。しかし、それは、あくまでも購読料を補完するものだったのです。

 WEAFのラジオ放送は、放送そのものは全く無料で提供するという意味で、画期的なものだったと言えるでしょう。

 これは、ビジネスモデル上の大転換です。なぜなら、従来の「直接料金徴収型」のように情報受信者を囲い込んで制限することはないからです。まったく逆に、放送は無料で提供し、受信者をできるだけ多くしようとします。

 そこで、このモデルを、「無料型」または「開放型」と呼ぶことにしましょう。無線技術のビジネスへの利用は、大きく進展したのです。これによって、電気的手段での情報サービスが、印刷物を飛び越えることを可能にした。

 そして、この流れは、その後に利用可能になったインターネットに引き継がれていきます。

 直接の対価ではない手段で情報サービスを提供するコストを賄うという手法は、「フリーのモデル」と言われます。クリス・アンダーソンは、『フリー』( NHK出版、2009年)という著作において、これがインターネット時代の基本的なビジネスモデルであると論じました。

 しかし、このビジネスモデルの根源は、インターネットよりずっと早く、1923年に導入されていたのです。そして、ラジオからテレビに、さらにインターネットへという動きが、世界を大きく変えていくことになります。

(連載第38回)
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■野口悠紀雄(のぐち・ゆきお)
1940年、東京に生まれる。 1963年、東京大学工学部卒業。 1964年、大蔵省入省。 1972年、エール大学Ph.D.(経済学博士号)を取得。 一橋大学教授、東京大学教授(先端経済工学研究センター長)、 スタンフォード大学客員教授などを経て、 2005年4月より早稲田大学大学院ファイナンス研究科教授。 2011年4月より 早稲田大学ファイナンス総合研究所顧問。一橋大学名誉教授。2017年9月より早稲田大学ビジネス・ファイナンス研究センター顧問。著書多数。


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