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三井物産会長に聞く“新しい発想を生むこれからの働き方” 総合商社は「創造商社」へ

もはや総合商社は、「需要と供給をつなぐ」だけでは仕事にならない。/文・飯島彰己(三井物産会長)

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▶︎コロナ禍でデジタライゼーションが急加速したことで、「未来の社会」がぐっと身近に感じられるようになった
▶︎オンラインで効率よく仕事ができるのは、人と人との信頼関係の「貯金」がある人。オンラインだけを続けたら、「貯金」は減る一方だ
▶︎今後の総合商社は、需要と供給をつなぐ仕事から、世界中のどこにもない何かを創造する「創造商社」に進化していく

★使用写真/MK6_7130

飯島氏

有意義な「攻めの時間」

2020年は、コロナ禍で世界中がたいへんな危機に見舞われました。間違いなく、歴史に残る1年だったと言えるでしょう。私も、とにかく感染回避ということで不自由な思いを味わいました。ただ、その間の経験からは、さまざまな気付きもありました。

身近なところでは、海外出張に行けなくなりました。会長になってからも年に90日ほど出張に出かけていましたが、昨年は2月にインドネシアに行ったのが最後で、それ以降は出張していません。その一方で、在宅勤務だった間は、それまで通勤に充てていた時間まで仕事をして、自分でも働きすぎではないかと思うくらい仕事ができました。

「在宅勤務は効率が下がる」という声もありますが、採り入れ方次第で効率は上がるのではないかというのが実感です。通勤に限らず移動時間が節約できたことで、有意義な「攻めの時間」を作ることもできました。ジム通いの代わりに自宅にランニングマシンを買って走ったり、ウエイトトレーニングをしたり。なまっていた身体を存分に動かしたことで人間ドックの数値が良くなるという思わぬ副産物もありました。

思えば、私が大学に入った年も大学紛争のせいで、たいへん混乱した年でした。4月に入学できず5カ月遅れの9月入学でした。春から大学生活を満喫するはずが、予定は白紙に。やむなくその5カ月間に英会話や苦手だったタイプライターを習いに行ったことを思い出します。

部活動はできたので、野球部に入部してリーグ戦に出るなど、他大学の学生と汗を流したことも良い思い出です。あの頃は、勉強もしないでこんなことをやっていて大丈夫かという思いもありましたが、今になってみれば、あの時間は決して無駄ではありませんでした。

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デジタル化と「リアル」の価値

そういう危機と混乱のなかでも、世の中や自分自身の生活が大きく変わることで、別の世界、別の景色が見えてきたりもします。今回のコロナ危機に際しては、デジタライゼーションが進んだ先の、未来の暮らし、未来の仕事の在り方を垣間見ることができたと思っています。

私自身が体験したのは出張の代わりや在宅勤務で使ったオンラインミーティングでしたが、世の中では、コロナ前には進んでこなかったオンライン教育やオンライン診療の導入も進みはじめました。これらはいずれも、技術的には以前から可能であり、いずれは社会に実装されるだろうと予想されていたサービスです。

ただ、そのメリットやデメリットが、「やってみなければ分からない、分からないからやってみない」という袋小路の状況で、導入が進んでこなかったのだと思います。それが、コロナ危機で、「やってみるしかない」ということになったわけです。その結果、いつかは実現すると考えられていた、デジタル化した未来の社会が、大幅に前倒しされた印象です。

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2年ほど前になりますが、中国の雄安新区の視察に行きました。さまざまな最先端のデジタル技術を実験的に都市空間に組み込んだ、実装実験都市です。そこでは、無人の移動自動販売機や自動運転バスが行き交い、好きなものをとって店を出れば決済が完了する無人店舗もあって、未来の都市はこうなるのかと感じました。そういう未来が、コロナ禍でデジタライゼーションが急加速したことで、ぐっと身近に感じられるようになりました。

デジタル技術を体感したことで、逆に、今まで当たり前だと思っていたリアルの価値を改めて認識することもできました。たとえば取締役会は、通常なら部屋を見渡せば全員が視界に入ります。リアルで全体を見ればその場の空気も感じ取れるし、表情だけで何を考えているかが何となく伝わって来ますが、オンラインではそうはいきません。心の機微を読み取るうえでは、リアルにはかなわないと感じます。

「現地・現物・現場」を重んじる三現主義は、商社の人間にとっては仕事の基本ですが、その意味するところを改めて実感しています。

ただ、リアルで面談、会話すればそれで良いのかというと、決してそうではありません。リアルのコミュニケーションを意味のあるものにするためには、相応の努力が必要です。私に、そのことを改めて気づかせてくれたのは、ロシアのプーチン大統領でした。

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プーチン大統領との「真剣勝負」

プーチン大統領の真摯な姿勢

三井物産は20年以上も前から、サハリン島周辺の石油、天然ガス採掘プロジェクト「サハリンⅡ」や北極海のLNG(液化天然ガス)開発事業に参画しています。

その関係で、プーチン大統領とは何度も面談しているのですが、初めてお会いした際には、約束の時間を過ぎてもなかなか現れない。「今日はキャンセルかな」と思っているところに、ようやく姿を現しました。そんな状況でしたから、形式的な挨拶くらいで終わるのかとも思ったのですが、初対面のその日から、中身のあるしっかりした話ができました。後になって聞いたところによると、彼は事前に北極海を回り、実際に採掘地に降りて自分の目で確かめていたというのです。多忙を極める身でありながら、部下の報告に頼ることなく、自ら現地の確認をしていたことに驚かされました。

プーチン大統領は面談の際に、いっさい書類を見ません。受け答えを聞いていると、プロジェクトの内容を頭に入れ、話すべきことを全て整理してきていることが伝わってきます。その間、彼の目はじっと私の目に注がれたままです。商社マンとして長年やってきて一対一の交渉の大切さは痛感しているつもりでしたが、プーチン大統領の、いわば“真剣勝負”とさえ言える真摯な姿勢には、大いに学ばせていただきました。今では私も、大事な交渉や面談では一切書類を見ずに、必要なことは全て頭に入れて臨むようにしています。

コロナを機に出張を総点検してみたところ、オンラインで出来るものも少なからずあります。しかし、双方に意義のある“真剣勝負”の面談は、なかなかオンラインでは実現できません。

今オンラインで効率よく仕事ができるのは、長い間積み上げてきた人と人との信頼関係の「貯金」があるからこそ。オンラインだけを続けたら「貯金」は減る一方でしょう。とりわけ、新しい人と新しいプロジェクトを始める際には、リアルの場で人と向き合い、心の機微を理解し、信頼関係を築いておくことが欠かせません。

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ゼロサム時代への退行

今、私たちはコロナ禍という深刻な危機の真っただ中にいますが、私たちが直面する危機はそれだけではありません。中長期の視点で私が最も深刻だと考えているのは、世界の現実と人々の価値観や理念が、産業革命以前のゼロサム時代のものに退行しつつあるという危機です。

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